「心身を解き放つ」運動
体育の中で、表現運動は異質な存在かもしれない。記録も勝敗もない。正解の動きもない。
自己の心身を解き放して,イメージやリズムの世界に没入してなりきって踊ることが楽しい運動であり,互いのよさを生かし合って友達と交流して踊る楽しさや喜びに触れることのできる運動である。
心身を解き放す。なりきって踊る。友達と交流する。表現運動が育てるのは、技能だけではない。自分を表現する力と他者と関わる力だ。
2つの柱
中学年の表現運動は、「表現」と「リズムダンス」で構成される。
表現——題材の特徴を捉えてひと流れの動きで踊る
身近な生活などの題材から主な特徴や感じを捉え,表したい感じをひと流れの動きで即興的に踊ること。
低学年の「表現リズム遊び」から、中学年では題材の特徴を捉えることと、ひと流れの動きにまとめることが加わる。
リズムダンス——軽快なリズムに乗って全身で踊る
軽快なロックやサンバなどのリズムの特徴を捉え,リズムに乗って弾んで踊ったり,友達と関わり合ったりして即興的に踊ること。
特定の振り付けを覚えるのではない。リズムの特徴を捉え、即興的に踊る。これが表現運動の「リズムダンス」だ。
「表現」の具体——2つの題材
具体的な生活からの題材
「○○づくり」(料理、粘土造形など)、「1日の生活」(洗濯物、掃除、スポーツなど)——身近な生活の中から、特徴が捉えやすく多様な感じの動きを含む題材を取り上げる。
たとえば「料理」なら:
- 焼かれたり揚げられたりする変化する様子を捉える
- 硬く・軟らかく、大きく・小さく、速く・遅くなどの動きの質感や形状の変化を付けて誇張する
- 二人で対応する動きを繰り返す
「洗濯物」なら、洗われてぐるぐる回り、干されてひらひらする。その質感や形状の変化を体で表現する。
空想の世界からの題材
「○○探検」(ジャングル、宇宙、海底など)、忍者や戦いなど——未知の想像が広がる題材や、二人組で対立する動きを含む題材。
「ジャングル探検」なら:
- 底なし沼に落ちた、宝物発見!——多様な場面を捉える
- 跳ぶ→転がる、素早く動く→急に止まるなど、動きに差を付けて誇張する
- 「追いつ・追われつ」「戦い・対決」など、二人組で対立する動きで変化を付ける
「ひと流れの動き」とは何か
中学年の表現で最も大切なキーワードが「ひと流れの動き」だ。
表したい感じを中心に,感じの異なる動きや急変する場面などの変化のある動きをつなげて,メリハリ(緩急・強弱)のあるひと流れの動きに工夫して感じを込めて踊ること。
一つ一つの動きを断片的にやるのではない。つなげる。そして、メリハリをつける。ゆっくり動いてから急に速く動く。大きく広がってから小さく縮む。この緩急・強弱が、表現に命を吹き込む。
リズムダンスの具体——2つのリズム
ロックのリズム
- 軽快なテンポのロック(BPM140前後):「ンタ ンタ」の弾みや後打ちのリズムで、へそ(体幹部)を中心に弾む
- ビートの強いロック(BPM120前後):「ウンタ ウンタ」の後打ちのリズムで、動きにアクセントを付ける
- 弾む動きにねじる・回るなどの動きを入れて変化を付ける
- 二人で向かい合って手をつないだりくぐり抜けたり、調子を合わせたりかけ合いをしたりして友達と関わる
サンバのリズム
- 「ンタッタ ンタッタ」のシンコペーション(拍子の強弱を逆転・変化させたリズム)を捉える
- へそ(体幹部)を中心に、前後左右のスイングなどでリズムに乗る
- 二、三人の友達と調子を合わせたりかけ合いをしたりする
「へそ(体幹部)を中心に」——この表現が繰り返し出てくる。手先や足先だけで踊るのではなく、体の中心から動くことが、リズムダンスの核心だ。
運動が苦手な児童への配慮
表現運動は、「恥ずかしい」「何をしていいかわからない」という児童が出やすい領域だ。
表現が苦手な児童
- 題材の特徴を捉えることが苦手→題材の多様な場面を絵や文字で描いたカードをめくりながら動く
- 動きの誇張や変化が苦手→上手に踊っている友達の動きを見合い、真似をする
- ひと流れの動きにすることが苦手→気に入った様子を中心に、動きが急変する場面の例を複数挙げて動いてみる
リズムダンスが苦手な児童
- リズムを捉えることが苦手→リズムに合わせて手拍子をしたり、リズムを表す言葉がけをしながら踊る
- 動きに変化を付けることが苦手→友達の動きを見て真似をする
- 友達と関わって踊ることが苦手→二人組で手をつなぎ、スキップで弾んだり回ったりする簡単な動きから始める
踊ること自体に意欲がない児童
踊ることに意欲的に取り組めない児童には,授業の導入で,みんなで円形などになり,顔を見合わせながら軽快なリズムに乗って弾んだり手拍子をしたりして,心と体をほぐす
授業の導入で心と体をほぐす——体つくり運動の「体ほぐしの運動」との連動がここでも効いてくる。まず「体を動かすと気持ちいい」という実感をつくることが出発点だ。
思考力——よい動きを取り入れる
自己の能力に適した課題を見付け,題材やリズムの特徴を捉えた踊り方や交流の仕方を工夫するとともに,考えたことを友達に伝えること。
表現運動の思考力は、正解を見つけることではない。
- 友達のよい動きを自己の動きに取り入れる
- 特徴を捉えた動きや変化のある動きなど、よかったところを友達に伝える
- その時間に見付けた動きや気に入った動きを、みんなで一緒に踊りながら伝える
「言葉で説明する」だけではない。踊りながら伝える。体で伝える。これが表現運動ならではの「伝え合い」だ。
他教科・他領域との連動
- 音楽:リズムの学習と直結。ロックやサンバのリズムを音楽の授業で扱い、体育で踊る
- 国語:題材のイメージを広げる言語活動(物語を読んで表現する、など)
- 図画工作:題材のイメージを絵や造形で表現し、体育で動きに変換する
- 道徳科:「個性の伸長」——自分らしい表現を大切にする
- 体つくり運動:体ほぐしの運動が表現運動の導入になる
教師として残しておきたいこと
正直に言えば、表現運動は私自身が最も不安を感じる領域かもしれない。農業でもWeb開発でも、「踊る」場面はなかった。
しかし、考えてみれば、農作業にはリズムがあった。鍬を振るリズム、種をまくリズム、草を抜くリズム。体を使って繰り返す動きには、すべてリズムがある。表現運動は、そのリズムを意識化し、楽しむ活動だ。
また、Web開発でプレゼンテーションをする場面では、「身振り手振りで伝える」ことの重要性を学んだ。言葉だけでは伝わらないことが、体の動きで伝わる。表現運動が育てる「体で表現する力」は、プレゼンテーションにもつながる。
教師として大切にしたいのは、「正解はない」という安心感をつくることだ。表現運動には、器械運動のように「できた・できない」の明確な基準がない。だからこそ、「どんな動きでもいい」「自分なりに踊ればいい」と伝え、踊ることへのハードルを下げる。まず楽しむ。そこから表現の幅が広がる。
指導のポイント
- 表現運動は「心身を解き放して踊る」運動——正解の動きはない
- 「表現」は題材の特徴を捉え、メリハリのあるひと流れの動きで踊る
- 「リズムダンス」は軽快なリズムの特徴を捉え、へそ(体幹部)を中心に全身で踊る
- 導入で心と体をほぐす——いきなり踊らせない
- 友達の動きを見合い、真似をし合い、一緒に踊ることで表現が広がる
- 苦手な児童にはカードや言葉がけ、簡単な関わりから入る
- 「どんな動きでもいい」という安心感をつくることが最優先
まとめ——踊ることで世界が広がる
表現運動は、イメージやリズムの世界に没入して踊る楽しさや喜びに触れる領域だ。
- 表現では身近な生活や空想の世界を題材に、ひと流れの動きで即興的に踊る
- リズムダンスではロックやサンバのリズムに乗って全身で弾む
- 緩急・強弱のメリハリが表現に命を吹き込む
- 友達と関わり、動きを伝え合い、一緒に踊ることでコミュニケーション能力が育つ
- 正解がないからこそ、安心して自分を表現できる場をつくる
ジャングル探検でわくわくし、洗濯物になりきってぐるぐる回り、ロックのリズムで弾んで踊る。体で表現する楽しさを知った子どもは、自分を表現することが怖くなくなる。


この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編(文部科学省, 2017)の第2章第2節を基に執筆しています。

