「できた!」の瞬間
逆上がりができなかった子が、補助具を使いながら練習を重ね、ある日ふわりと回れた瞬間。「できた!」と叫ぶ。その笑顔が、器械運動の授業で一番大切なものだ。
器械運動は、技に挑戦し、できるようになる楽しさや喜びに触れる運動である。低学年の「器械・器具を使っての運動遊び」から、中学年では正式な技の名称と系統を持つ「器械運動」へと移行する。
3つの種目と技の系統
中学年の器械運動は3種目で構成される。
マット運動——回転系と巧技系
マット運動は、回転系と巧技系の基本的な技で構成される。
回転系(接転技群):
- 前転→発展技:開脚前転
- 後転→発展技:開脚後転→伸膝後転
- 補助倒立ブリッジ→発展技:倒立ブリッジ
- 側方倒立回転→発展技:ロンダート
- 首はね起き→発展技:頭はね起き
巧技系(平均立ち技群):
- 壁倒立→発展技:補助倒立
- 頭倒立
基本的な技に十分に取り組んだ上で、発展技に挑戦したり、技を繰り返したり組み合わせたりする。
鉄棒運動——支持系
鉄棒運動は、支持系の基本的な技で構成される。
前方支持回転技群:
- 前回り下り、かかえ込み前回り、転向前下り
- 膝掛け振り上がり、前方片膝掛け回転
後方支持回転技群:
- 補助逆上がり→発展技:逆上がり
- かかえ込み後ろ回り、後方片膝掛け回転
- 両膝掛け倒立下り
跳び箱運動——切り返し系と回転系
切り返し系:
- 開脚跳び→発展技:かかえ込み跳び
回転系:
- 台上前転→発展技:伸膝台上前転
- 首はね跳び→発展技:頭はね跳び
「基本的な技」とは何か
基本的な技とは,類似する技のグループの中で,最も初歩的で易しい技でありながら,グループの技に共通する技術的な課題をもっていて,当該学年で身に付けておきたい技のことである。
つまり、基本的な技は「最も簡単だが、その先の全ての技の土台」だ。前転ができなければ開脚前転はできない。前回り下りができなければ前方支持回転はできない。
だからこそ、基本的な技を「十分に」取り組ませることが大切だ。1回できたら次、ではなく、安定してできるようになるまで繰り返す。
運動が苦手な児童への配慮
器械運動は、「できる」「できない」が明確に出る領域だ。苦手な子への配慮が特に重要になる。
解説に示されている配慮の例:
- 前転が苦手→ゆりかごなど体を揺らす運動遊びに取り組む、傾斜を利用して回転に勢いをつける
- 後転が苦手→ゆりかご、かえるの逆立ちなど支持の運動遊び、傾斜の利用
- 壁倒立が苦手→肋木や壁を活用した運動遊び、ゴムを活用して足の振り上げを補助
- 逆上がりが苦手→ダンゴムシや足抜き回り、ふとん干しから支持姿勢の繰り返し、補助具の活用
- 開脚跳びが苦手→マットを重ねた上に跳び箱1段を置いて、踏切り→着手→着地の動きを身に付ける
- 恐怖心がある→落ちても痛くないようにマットを敷く、鉄棒に補助具を付ける
ポイントは、低学年で学んだ運動遊びに立ち戻ること。できないからと言って同じ技を繰り返させるのではなく、その技に必要な動きの基礎を育て直す。
思考力——自己の課題を見付ける
自己の能力に適した課題を見付け,技ができるようになるための活動を工夫するとともに,考えたことを友達に伝えること。
器械運動の思考力は、自分の動きの課題を見つけることにある。
具体的な方法として解説が挙げているのは:
- 学習カードや掲示物の連続図に目印を付けて、できた部分とできなかった部分を確認する
- 手の着く位置や着地位置に目印を置いて、技のできばえを視覚的に確認する
- ICT機器を活用して自分の動きを振り返る
友達と互いの動きを見合い、「ここがうまくいっていたよ」「手の位置をもう少し前にしたら?」と伝え合うことも、重要な学びだ。
安全への配慮
器械運動は安全管理が特に重要な領域だ。
- 場の危険物を取り除く
- 器械・器具の安全を確かめる
- 試技の開始前に安全を確認する
- マットの位置、跳び箱の固定、鉄棒の高さ調整
- 補助の仕方を児童に指導しておく
他教科・他領域との連動
- 体つくり運動:バランスをとる運動、力試しの運動が器械運動の基礎になる
- 道徳科:「希望と勇気・努力と強い意志」——技に粘り強く挑戦する姿
- 算数:距離の測定(跳び箱の着地位置など)
- 学級活動:友達と協力して器具の準備・片付けをする体験
教師として残しておきたいこと
Web開発でも、スキルには段階がある。HTMLを書けなければCSSは書けない。CSSを理解していなければレスポンシブデザインはできない。基礎を飛ばして応用に行こうとすると、必ず壁にぶつかる。
器械運動の技の系統は、まさにこの構造だ。前転ができて初めて開脚前転に進める。基本的な技を「十分に」やることが、遠回りに見えて最も確実な道だ。
もう一つ大切なのは、「できない経験」の扱い方だ。器械運動では、失敗が目に見える。みんなの前でできない。しかし、そこから逃げずに練習を続け、ある日できるようになる——この体験は、スポーツの枠を超えて、人生で何度も使える力になる。
教師の役割は、「できない」を「まだできない」に変えることだ。場の工夫、段階的な課題設定、友達との教え合い。「できた!」の瞬間を全ての子に届けるために、授業を組み立てる。
指導のポイント
- 3種目(マット・鉄棒・跳び箱)の技の系統を理解してから指導に臨む
- 基本的な技に「十分に」取り組む——1回できたら次、ではない
- 苦手な児童には低学年の運動遊びに立ち戻る配慮をする
- 恐怖心への対応——場の工夫(マット、補助具)が最優先
- 自己の課題を見付ける場面をつくる(学習カード、目印、ICT)
- 友達と見合い・教え合いをする時間を確保する
- 安全管理を徹底する——器具の点検、試技前の確認、補助の仕方
まとめ——「できた!」が生涯の財産になる
器械運動は、技に挑戦し、できるようになる喜びを味わう領域だ。
- マット運動は回転系と巧技系、鉄棒運動は支持系、跳び箱運動は切り返し系と回転系
- 基本的な技は最も易しいが、全ての技の土台
- 苦手な児童には段階的な場の工夫と、低学年の運動遊びへの回帰
- 「できない」を「まだできない」に変える教師の姿勢が大切
「できた!」と叫んだ瞬間の子どもの表情。あの喜びは、記録や勝敗とは違う、自分自身との戦いに勝った喜びだ。
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この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 体育編(文部科学省, 2017)の第2章第2節を基に執筆しています。

