続けたかったのに、続けられなかった経験
なわとびの二重跳びがどうしても飛べない。習い始めたピアノが、難しい曲のところで止まったままになる。夏休みの自由研究を始めたのはいいが、最後まで仕上げられなかった。3年生の子どもに「途中で諦めてしまったこと」を聞くと、こうした話がいくつも出てくる。
私自身も、農業を始めた頃にうまく続かなかったことがいくつもあった。発芽のタイミングを逃した苗、途中で水やりを忘れた畝、計画通りに収穫できなかった作物。続けるという行為は、思っているよりもずっと難しい。
中学年の道徳で扱う「希望と勇気、努力と強い意志」は、まさにこの続かなかった経験に光を当てる内容項目である。意志の強さを賛美する単元ではない。むしろ、人が途中で挫けてしまうという事実を前提にしたうえで、それでも前へ進もうとする心の動きを子どもと一緒に考えていく単元だ。
学習指導要領のねらい
中学年〔第3・4学年〕の文言は次のとおりである。
自分でやろうと決めた目標に向かって,強い意志をもち,粘り強くやり抜くこと。
低学年・中学年・高学年の文言を並べると、発達段階の捉え方がよく見える。
- 低学年:自分のやるべき勉強や仕事をしっかりと行うこと
- 中学年:自分でやろうと決めた目標に向かって、強い意志をもち、粘り強くやり抜くこと
- 高学年:より高い目標を立て、希望と勇気をもち、困難があってもくじけずに努力して物事をやり抜くこと
低学年の「やるべきこと」は、教師や家族から与えられた課題が中心である。中学年では「自分で決めた目標」に変わる。さらに高学年では「より高い目標」と「困難があってもくじけずに」が加わり、強い意志と希望が前面に出る。
中学年は、やらされる学びから自分で決める学びへの転換期にある。だからこそ、決めた目標が続かない苦さも、初めて子ども自身のものになる。
道徳科の評価で見る学びの姿
道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。
数値などによる評価は行わない
その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。
一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか
道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか
この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。
自分でやろうと決めた目標に向かって,強い意志をもち,粘り強くやり抜くこと。
この授業では、次の姿を見取りたい。
- 多面的・多角的に考える姿:目標、困難、励まし、失敗、達成感などを関係付け、努力を続ける条件を考えている。
- 自分との関わりで考える姿:自分で決めた目標を振り返り、粘り強く取り組むために必要な行動を具体的に考えている。
努力を美談にせず、途中で迷う弱さと、それでも続ける支えを考える。
中学年の発達特質——目標を立て始める時期
学習指導要領解説はこう述べている。
自分の好きなことに対しては,自ら目標を立て,継続して取り組むようになり,計画的に努力する構えも身に付いていく。その反面,つらいことや苦しいことがあると,途中であきらめてしまうこともある。
中学年は、自主的な目標設定が芽生える最初の時期である。「サッカーのリフティングを100回続けたい」「絵を描けるようになりたい」「漢字テストで満点を取りたい」——子どもは自分なりの目標を立てるようになる。
しかし、計画通りにいかないことのほうが多い。練習しても伸びない、思ったほど結果が出ない、友達に追い越される。「好きこそものの上手なれ」だけでは突破できない壁に、中学年で初めてぶつかる。
ここで子どもが学ぶのは、「続けるとは、苦しさと付き合うこと」である。道徳では、その気持ちのゆれを正面から扱う。
指導の重点
「弱さ」を否定しない姿勢
学習指導要領解説には、教師にとって重要な記述がある。
あきらめずに粘り強くやり抜く強い意志が必要であることや苦しくて途中であきらめてしまう人間の弱さ,今よりよくなりたいという願い,努力しようとする姿について考えを深めていく…
意志の強さだけを賛美するのではない。諦めてしまう弱さも、人間の一面として受け止める。そのうえで、なぜそれでも続けることができたのかを問う。
教室で「最後までやり抜きました」という子だけを称賛すると、続けられなかった子は声を出せなくなる。指導の重点は次の通りに整理できる。
- 続いた経験と続かなかった経験の両方を扱う
- 「諦めかけた瞬間」を中心に考えさせる
- 「強い意志」と「人間の弱さ」を対立構造として扱わない
「励ましの存在」への気付き
解説には、もう一つ重要な視点が示されている。
目標を実現するためには,自分自身の努力だけでなく,家族や教師など,周り人の励ましや賞賛があることに気付き…
努力は一人で完結するものではない。「励ましてくれる人と一緒に乗り越える」という捉え方を、中学年で扱う。
- 家族の声かけ
- 友達からの一言
- 先生のまなざし
- 過去にがんばった自分自身からの声
一人では続かない目標が、誰かに見守られていれば続けられる。この気付きは、後の感謝や家族愛の単元と地続きで響き合う。
「自分で決めた」という出発点
「自分で決めた」目標であることも、中学年では強調したい。誰かに決められた目標は、続かなくなったときに「やらされていた」という言い訳が成立してしまう。だが自分で決めた目標は、続かなかったときに自分の決断と向き合う必要がある。
授業のなかで「これは誰が決めた目標だったの?」と問う場面を作ると、子どもは目標との距離を自覚し直す。
関連する内容項目
- 個性の伸長(A④):長所を伸ばすには地道な努力の積み重ねが必要であり、本項目と表裏一体で扱える
- 希望と勇気(A⑤・本項目):A視点の中核として、自己への信頼を育てる
- 感謝(B⑧):自分を支えてくれる人の存在に気付く視点と直結する
- 家族愛(C⑮):家族の励ましは目標達成の大きな支えになる
- 勤労(C⑭):継続して働く意義の基盤となる態度
特に「励ましの存在への気付き」は、感謝・家族愛と地続きである。単元の組み合わせ次第で、心の動きを連続的に学べる。
授業のヒント
教材選びの注意点
教材で扱うのは、主人公が成功した結末ではなく、諦めかけた瞬間である。最後の達成シーンに焦点を当てすぎると、努力=結果という浅い読みになりかねない。
- 何度練習しても上手くいかなかった瞬間
- もうやめようと思った日
- 誰かが「もう少し頑張ってみたら」と声をかけてくれた場面
発問の工夫
- 「そのとき主人公の心の中で、何と何が戦っていた?」
- 「やめたい気持ちと、続けたい気持ち、どちらの方が強かった?」
- 「続ける選択ができたのは、何があったから?」
- 「自分にも、似たような瞬間はあった?」
「やめたい気持ち」と「やり抜きたい気持ち」の対立を、板書で可視化する。色ペンで二色に塗り分けたり、心情曲線を書かせたりすると、心の動きが言語化しやすくなる。
活動例
- 自分が続けてきたこと/続けられなかったことを書き出す
- ペアで「続けたいけれど苦しかった経験」を交換する
- 励ましてくれた人への手紙を書く
- 来週からの自分の小さな目標を一つ決める
ただし「目標を立てて継続する」ことを宿題化しすぎると、結果主義に戻ってしまう。プロセスを語れたかどうかを中心に置きたい。
他教科・領域との連動
- 体育:跳び箱・なわとびなど、できる/できないがはっきりする運動と相性がよい
- 音楽:楽器の練習は、まさに継続の積み重ね
- 総合:自由研究や調べ学習で「最後までやり抜く」経験を重ねる
- 学級経営:朝の会・帰りの会で「今週続けたこと」を共有する時間
- 特別活動:係活動・委員会活動の継続的な役割遂行と接続できる
学級経営の柱として「続ける文化」を育てておくと、道徳の授業がそのまま日常に流れ込む。逆に、教師が日々の小さな継続を見取らないと、道徳の言葉が空回りする。
学習評価の留意
中学年で気を付けたいのは、「結果としてやり抜けたかどうか」を評価しないことだ。道徳科の評価は、価値の実現度ではなく、価値について考えを深めたかを見るものである。
「諦めてしまった子」も含めて、諦めた経験から何を考えたかを語れることが大切だ。教師がこの姿勢を持てるかどうかで、教室での発言の自由度がまったく変わる。
評価のときに残しておきたい記述例:
- 自分の経験と教材を結び付けて考えていたか
- 「続けたい気持ち」と「やめたい気持ち」を両方語れたか
- 励ましの存在に気付くことができたか
- 自分なりの言葉で「努力」を語れたか
教師として残しておきたいこと
私は農業からWeb開発、そして教育の道へと進んできた。続けられなかったことも、思いがけず続いたこともたくさんある。続けられたものに共通するのは、いつも応援してくれる誰かの存在だった。
農業をしていた頃、収穫が思うようにいかない年があった。そのとき支えになったのは、買ってくれる人の顔と、近所の先輩農家からの声かけだった。Web開発の現場でも、難しいシステムを最後まで作り切れたときには、必ず信頼してくれるチームメンバーがいた。
46歳で教員を目指す決断も、一人ではできなかった。妻の理解、星槎大学で出会った先生方の言葉、これまでの仕事で励ましてくれた人たちの声——その積み重ねが、今の自分を支えている。
3年生に伝えたいのは、「目標は一人で抱え込まなくていい。応援してくれる人を頼っていい」ということだ。それが、生涯にわたる希望の灯し方だと思う。
指導のポイント(実習用メモ)
- 「諦めかけた瞬間」を授業の中心に据える。成功の結末から始めない
- 「強い意志」と「人間の弱さ」を対立させず、両方を受け止める
- 「自分で決めた」という出発点を子どもに自覚させる
- 励ましてくれる人の存在に気付かせる発問を必ず入れる
- 結果ではなく、考えを深めた過程を評価する
- 教室を「続けたことを共有できる場」にしておく
- 学級経営や他教科の継続的な活動と意識的に接続する
- 教師自身も、自分の「続いた・続かなかった」経験を語れるようにする
まとめ
- 中学年は「自分で決めた目標」に向き合う最初の時期である
- 続かなかった経験を否定せず、そこから考えを深める単元として扱う
- 強い意志と人間の弱さの両方を、教材の中で見つけていく
- 「励ましの存在への気付き」を、感謝・家族愛と地続きで育てる
- 評価は結果ではなく、価値について考えを深めた過程に置く
- 教師自身の継続のエピソードが、子どもの心を動かすことがある
3年生に「続けることは大切だ」と説教するのは簡単だが、それでは響かない。続けられなかった経験を持ち寄り、なぜ諦めかけて、なぜ続けられたのかを言葉にする時間こそ、中学年の道徳が用意できる最大の贈り物だと思う。
実習でこの単元を扱うなら、私はまず自分自身が「途中で諦めかけたけれど、誰かのおかげで続けられた話」を語る時間を取りたい。教師の語りが、子どもの語りを呼び出す。それが道徳の授業の出発点になる。


この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

