学級が「自分たちのもの」になる時期
低学年の学級は、まだ「先生のクラス」である。子どもたちは、先生が決めた席に座り、先生が決めた当番をやり、先生が決めたきまりを守る。それでうまく回っている。
3年生になると、これがゆるやかに「自分たちのクラス」へと変わっていく。子どもの口から「うちのクラス」という言葉が、急に増える。「うちのクラスってさ」「うちのクラスのいいところはね」——主語に「うちの」が付きはじめる。これは、子どもが学級を自分の所属する場所として認識し始めた合図だ。
中学年の発達特質「学級への所属意識の高まり」が、ここに表れる。道徳の「よりよい学校生活、集団生活の充実」は、この所属意識を前向きな主体性へと繋げる内容項目である。所属しているだけでなく、作り手の一員になる——その第一歩を3年生で踏み出す。
学習指導要領のねらい
中学年〔第3・4学年〕の文言。
先生や学校の人々を敬愛し,みんなで協力し合って楽しい学級や学校をつくること。
低・中・高で並べる。
- 低学年:先生を敬愛し、学校の人々に親しんで、学級や学校の生活を楽しくすること
- 中学年:先生や学校の人々を敬愛し、みんなで協力し合って楽しい学級や学校をつくること
- 高学年:先生や学校の人々への敬愛を深め、みんなで協力し合いよりよい校風をつくること
低学年の言葉は「楽しくする」。これは比較的受け身に聞こえる。中学年では「みんなで協力し合って」「つくる」という能動的な動詞に変わる。高学年では「校風」という、学校全体の文化レベルに視野が広がる。
中学年の核心は、「楽しくする」から「つくる」への転換だ。受け取る側から作り手へ——3年生はその初心者として、初めて学級作りに参加する。
道徳科の評価で見る学びの姿
道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。
数値などによる評価は行わない
その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。
一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか
道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか
この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。
先生や学校の人々を敬愛し,みんなで協力し合って楽しい学級や学校をつくること。
この授業では、次の姿を見取りたい。
- 多面的・多角的に考える姿:友達、先生、学校で働く人々の立場から、楽しい学級や学校を支える行動を考えている。
- 自分との関わりで考える姿:自分が学級や学校の雰囲気にどう関わっているかを振り返り、協力できることを考えている。
学校生活を与えられるものではなく、自分たちでつくるものとして扱う。
中学年の発達特質——「学級への所属意識」
学習指導要領解説はこう示す。
仲間意識の高まりと相まって特に学級への所属意識が高まると言われている。このことから,互いに思いやり明るさや活力あふれる楽しい学級を,みんなで協力し合ってつくっていく ことができるような態度を育む必要がある。
中学年で芽生える「うちらのクラス」という感覚は、両刃の剣でもある。クラスがまとまる方向に働けば、温かい学級文化が育つ。だが、内向きに閉じてしまうと、転入生や別のクラスとの交流が難しくなる。
教師の役割は、この所属意識を閉じる方向ではなく開く方向で活かすことだ。「うちのクラスは、みんなが安心できる場所だよ」という意識が育てば、転入生も自然に迎え入れられる。「うちらだけの楽しさ」ではなく、「新しく入ってきた人も巻き込める楽しさ」を目指したい。
仲間集団の力を、学級全体を盛り上げるエネルギーに転換する——これが、3年生の道徳が果たす機能である。
「学校の人々」への視野の広がり
解説の重要なキーワードは、「学校全体への視野」だ。
日々世話になっている教師や学校の人々との関わりにも目を向け,学校全体を視野に入れて,よりよい学校生活をつくることに関心を深められるようにしていくことも大切である。
担任以外の先生、養護教諭、栄養教諭、用務員さん、給食調理員さん、事務の方、図書館司書、スクールカウンセラー——学校は、本当にたくさんの人で支えられている。低学年までは、子どもの世界は担任を中心に回っていた。中学年になると、担任以外の人にも目が向くようになる。
授業では、普段見えない仕事をしている人を取り上げると、子どもの目が輝く。
- 朝、子どもより早く来て校門を開けている人
- 給食を作るために、何時から働いているか
- 怪我をしたときに対応してくれる養護の先生の一日
- 図書室の本を整理してくれる司書の仕事
「自分たちの学校生活が、こんなに多くの人に支えられている」と知ると、子どもの態度は自然と変わる。当たり前は、誰かの仕事の上に成り立っている——この実感が、感謝と協力の土台になる。
指導の重点
1. 「学級の自慢」を語らせる
中学年の指導で有効なのは、「自分たちの学級の自慢」を語らせる活動だ。
- うちのクラスの好きなところ
- 自慢したい行事や活動
- 学級が一番輝いた瞬間
- うちのクラスにしかない雰囲気
書き出してみると、中学年は驚くほど多くのことを書ける。「うちらのクラスって、給食のおかわりがフェアなんだよ」「うちのクラスはみんなあいさつが大きい」——子ども自身が認識している学級の良さが、言葉になって出てくる。
「自分たちで作っている」という実感が、ここで初めて明確になる。漠然と所属していたクラスが、自分たちが作っている場所として意識される。
その上で、「もっとよくしたいことは?」と問う。批判ではなく、作り手としての課題発見として位置付ける。評論家ではなく、当事者として。
2. 「みんなで協力」を具体場面で考える
「協力」は抽象的な言葉だ。3年生には、具体場面に分解して考えさせたい。
- 掃除のとき、誰がどこをやるかをどう決めるか
- 行事の準備で、得意な子・苦手な子がどう関わるか
- けんかが起きたとき、まわりはどう関わるか
- 困っている子がいたら、誰がどう声をかけるか
それぞれの場面で「協力するとはどういうことか」を考える。「協力」というのは、単に同じことを一緒にやることではない。役割を分担し、苦手を補い合い、必要なときに助けに行く——複雑な行動の集合だ。中学年で、この複雑さの一部に触れてほしい。
3. 「敬愛の念」は押し付けない
学習指導要領は「先生や学校の人々を敬愛し」と記す。だが、これは教師から押し付けて生まれる言葉ではない。
子どもが自然に敬愛の念を持てる教師でいる——これが指導の前提条件だ。教師の側が「敬愛してほしい」と願うのではなく、子どもの中から育つものとして捉える。
そのためには、教師が一人の人間として真摯に子どもに向き合うこと。失敗もあるし、迷いもある。それを取り繕わずに見せる教師に、子どもは敬愛の念を抱く。完璧な教師より、誠実な教師が、子どもの心を動かす。
授業では、教師ではなく「学校で働く他の人々」を取り上げる方が扱いやすい。給食調理員さんへの感謝、用務員さんの仕事ぶり——担任を直接持ち上げるのではなく、学校全体を支える人々への敬意を扱う。
4. 学級経営と一体で進める
道徳の「よりよい学校生活」は、学級経営そのものと密接に結び付く。
- 学級目標を子どもと一緒に決める
- クラスのルールを子どもの手で作る
- 学級の課題をみんなで議論する場を設ける
- 行事の準備を子ども主体で進める
これらの実践は、道徳の授業で扱った内容を、日常で具体化する場になる。逆に、日常の学級活動で生まれた問いを、道徳の授業で深めることもできる。道徳と学級経営は、互いを支え合う両輪である。
関連する内容項目
- 親切、思いやり(B⑦):学級内での関わりの基盤。協力の動機。
- 感謝(B⑧):学校の人々への感謝。日々支えてくれる人への気持ち。
- 友情、信頼(B⑩):学級内の友達関係。仲間との結び付き。
- 勤労、公共の精神(C⑭):学級・学校のために働く態度。協力の具体形。
- 規則の尊重(C⑫):学級のきまりを守る・作る。集団生活の前提。
特に「勤労、公共の精神」と「よりよい学校生活」は、中学年で連動して扱うとよい。「みんなのために働く」と「協力して学級をつくる」は、行為としてはほぼ同じ。両方の内容項目から照らし合わせると、子どもの中で立体的に育つ。
授業のヒント——「もしこの人がいなかったら」
授業で使える発問として、「もし、この人がいなかったら」がある。
- もし、給食を作る人がいなかったら
- もし、掃除をする用務員さんがいなかったら
- もし、保健室の先生がいなかったら
- もし、校門を開ける人がいなかったら
「いなかったら困る」という想像を経て、「ではその人に、自分たちは何ができるだろう」と問う。
- きれいに食べる
- 廊下を汚さない
- ドアの開け閉めを丁寧にする
- 「ありがとうございます」を言う
敬愛は感情ではなく、行動の積み重ね——3年生にこの感覚を持ってほしい。
発問例。
- 「うちのクラスを誇りに思うのはどんなときですか」
- 「もっと協力できそうな場面はどこですか」
- 「学校の中で、当たり前に思っていたけど、実は誰かのおかげだったと気付いたことは?」
他教科・他領域との連動
- 特別活動(学級活動):道徳の最大の連動先。学級目標・クラス会議・係活動・行事準備。
- 総合的な学習の時間:学校で働く人への取材・インタビュー活動。
- 国語:感謝の手紙を書く活動と連動。
- 生活科(低学年からの接続):「学校探検」で出会った人々への、3年生からの再訪。
- 学校行事:運動会・学習発表会など、協力が試される場面で道徳の学びを実践。
道徳の45分は、学級経営という大きな営みの節目として位置付くと、生きた学びになる。
教師として残しておきたいこと
私はこれから初めて教育現場に立つ。学級経営についても、まだ何も実践していない。だが、これまでの仕事——農業、Web開発、事業運営——でチームを作る経験は積んできた。そこで身に染みていることがある。良いチームは、リーダーが作るのではなく、メンバー全員で作るということだ。
リーダーが頑張りすぎるチームは、もろい。リーダーが倒れた瞬間に機能不全になる。本当に強いチームは、メンバー一人ひとりが「自分も作り手」だと思っている。誰かが抜けても、別の誰かが補える。
学級も同じだと思う。担任が一人で背負い込む学級ではなく、子ども一人ひとりが「自分もこのクラスを作っている」と思える学級を作りたい。私が一方的に運営する教室ではなく、子どもたちと一緒に試行錯誤する教室でありたい。失敗も成功も、みんなで分かち合うクラスにしたい。
46歳でこれから教壇に立つ私自身、最初の日に3年生にこう伝えたい。「この教室は、先生だけのものじゃない。みんなで作るんだよ」「先生も、初めての先生だから、みんなと一緒に作っていきたい」。教師の弱さを見せることが、子どもの主体性を引き出すと信じている。
指導のポイント(実習用メモ)
- 「楽しくする」から「つくる」への転換を意識
- 学級への所属意識を閉じない方向で活かす
- 担任以外の学校の人々を取り上げる
- 「協力」を具体場面に分解して考える
- 学級の自慢を語る活動から作り手意識を育てる
- 敬愛は押し付けず、子どもから育つものとして扱う
- 道徳と学級経営の両輪で進める
- 教師自身が「みんなで作る教室」を目指す姿勢を見せる
まとめ——学級は、全員で作っている
3年道徳の「よりよい学校生活」は、学級の作り手としての自覚を育てる時間だ。
- 「楽しくする」から「つくる」への転換
- 所属意識を、開く方向で活かす
- 学校の人々への視野の広がり
- 協力は具体場面の集合
- 学級経営と道徳の両輪で進める
中学年は、学級が初めて「自分たちのもの」になる時期だ。この感覚をうまく育てると、その先の学年でも「みんなで作る」文化が続いていく。逆に、3年生で受け身のまま終わると、高学年になっても「先生がやってくれる」という構えが残る。
実習でこの単元を扱うなら、子どもが「うちのクラスのいいところ」を語れる場面を意識的に作ることを勧めたい。語ることで、所属意識は作り手意識に変わる。



この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

