「鬼ごっこ、まぜて」と言われた瞬間
「鬼ごっこに、まぜて」と、休み時間に声をかけられたとき、3年生はどう答えるだろうか。仲のいい友達なら、何も考えずに「いいよ」。だが、あまり遊んだことのない子だったら、一瞬の間が空く。隣の友達と顔を見合わせる。「うーん」と曖昧に返事を濁す。
このわずか数秒のためらいの中に、中学年の「公正、公平、社会正義」の出発点がある。
低学年では、「みんなで遊ぼう」と言えば、おおよそ全員が一緒に遊んでいた。中学年になると、仲間集団の境界線が引かれ始める。「うちら」と「それ以外」が、子どもの中で意識される。「分け隔てをしない」と頭では分かっていても、仲間の引力には逆らえない——この弱さに、3年生は最初に向き合う。
学習指導要領のねらい
中学年〔第3・4学年〕の文言。
誰に対しても分け隔てをせず,公正,公平な態度で接すること。
低・中・高で並べる。
- 低学年:自分の好き嫌いにとらわれないで接すること
- 中学年:誰に対しても分け隔てをせず、公正、公平な態度で接すること
- 高学年:誰に対しても差別をすることや偏見をもつことなく、公正、公平な態度で接し、正義の実現に努めること
低学年の言葉は「好き嫌い」。これは個人の感情の問題だ。中学年は「分け隔て」「公正」「公平」と、社会的な概念に踏み込む。高学年では「差別」「偏見」「正義」と、社会全体へと視野を広げる。
中学年は、個人の感情から集団の構造へと視点が移る段階だ。「自分の好き嫌い」だけでは説明できない、集団の中で起きる不公平に目を向け始める。
道徳科の評価で見る学びの姿
道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。
数値などによる評価は行わない
その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。
一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか
道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか
この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。
誰に対しても分け隔てをせず,公正,公平な態度で接すること。
この授業では、次の姿を見取りたい。
- 多面的・多角的に考える姿:仲のよい友達、苦手な相手、周囲で見ている人など、複数の立場から不公平の影響を考えている。
- 自分との関わりで考える姿:自分の好き嫌いが態度に出る場面を見つめ、公正に接するための行動を考えている。
好き嫌いや仲間意識に流されず、誰に対しても公平に接する難しさを扱う。
中学年の発達特質——「仲間優先」の落とし穴
学習指導要領解説はこう示す。
誰に対しても分け隔てをしないで接することの大切さを理解できるようになる。しかし,ともすると自分の仲間を優先することに終始して,自分の好みで相手に対して不公平な態度で接してしまうことも少なくない。
ここに、中学年の苦しさが凝縮されている。3年生は、「分け隔てはいけない」と頭では分かっている。にもかかわらず、行動が追いつかない。「うちらの仲間」と「それ以外」の二分が、無意識に教室の中に走ってしまう。
教室で見られる典型的な姿。
- グループ学習で、いつもの仲間と固まる。違うメンバーを嫌がる
- 給食でおかわりを譲るのが、仲のいい子に偏る
- ボール遊びで「あの子は弱いから入れたくない」と小声で相談する
- 何かを配るとき、仲のいい子から先に渡す
これらは、3年生にとって「悪意」ではない。自然な仲間意識の表れである。だからこそ難しい。「悪気がない不公平」を、どう自覚させるか——ここが中学年の道徳の腕の見せどころだ。
「不公平が周囲に与える影響」を考える
解説の核心はここにある。
不公平な態度が周囲に与える影響を考えさせるとともに,そのことが人間関係や集団生活に支障を来たしいじめなどにつながることを理解させることが求められる。
中学年で「公正、公平、社会正義」を扱う最大の理由は、いじめの未然防止である。
仲間優先 → 仲間外し → 排除 → いじめ。この連鎖は、最初の一歩はとても小さい。「うちらの中で遊ぼう」「あの子は呼ばないでおこう」という、ごく軽い言葉から始まる。最初の小さな一歩を断ち切ることが、中学年の道徳の役割だ。
「自分は仲間外しに加担していないか」——この問いを、3年生のうちに自分自身に向ける経験を積ませたい。子どもにとっては痛みを伴う問いだが、避けて通ると、後で取り返しのつかない代償を払うことになる。
指導の重点
1. 「好みがあること」自体は否定しない
中学年の指導で最も重要な原則は、「好みがあること」自体は否定しないことだ。
人には自然な好き嫌いがある。気の合う友達と、そうでない友達がいる。これを「いけないこと」と教えると、子どもは「先生は本心を言えない」と感じる。本音を隠す癖がついてしまう。
そうではなく、「好みはあっていい。けれど、好みで相手を分け隔てしないでほしい」と分けて伝える。気持ちと行動を分ける。これが3年生に届く伝え方だ。
「あの子のことは苦手だな」と思うのは、心の中の自由。だが、その苦手さを理由に仲間に入れない・話しかけない・無視するのは、相手を傷つける行動になる。心の中は自由、外への行動は配慮——この区別を中学年で身に付けたい。
2. 「不公平の影響」を多面的に見る
授業で扱いたいのは、不公平な扱いを受けた人の気持ちだけではない。
- 仲間外しを受けた子の気持ち
- 仲間外しを見ていたが、声を出せなかった子の気持ち
- 自分は仲間に入れてもらえたが、後ろめたかった子の気持ち
- 仲間優先した側が、なんとなく後を引いた気持ち
これらを言語化することで、「分け隔て」は当事者だけの問題ではないことが浮かび上がる。クラス全体の空気が、たった一つの不公平で重くなる——この感覚を、3年生のうちに体験的に知らせたい。
教室は、全員で関わって作るものだ。誰か一人が分け隔てされている教室は、他の誰もが安心できない教室でもある。
3. 「自分の中の好み」を直視する時間
「自分の中に、好みで人を分け隔てしてしまう傾向はないか」を、自分自身で点検する時間を作る。これは責めるためではなく、気付くための時間である。
ワークシートに、こう書かせる。
- 自分が無意識に「うちらの仲間」と思っている人
- あまり話したことがない、関わりが薄い人
- なんとなく避けてしまっている人
書いたものは提出しなくてよい。教師は集めない。自分だけが見るメモとして書いてもらう。書くことで気付ける。気付けば、明日の行動が変わる可能性がある。
4. 「断る」「止める」の言葉を準備する
仲間優先の場面に出会ったとき、断る言葉・止める言葉を持っているかが、3年生の正念場になる。
- 「あの子も入れてあげようよ」
- 「みんなで遊ぼうよ」
- 「それは、ちょっとちがうと思うな」
頭で分かっていても、その瞬間に声が出ないのが3年生だ。授業の中で実際に声に出す練習を入れたい。ロールプレイで、断る側・止める側を演じる経験を積ませる。声に出した経験は、いざというときの背中を押す。
関連する内容項目
- 善悪の判断、自律、自由と責任(A①):仲間に流されず、正しいと判断したことを行う。
- 親切、思いやり(B⑦):誰にでも親切にする態度。公正の動機。
- 相互理解、寛容(B⑪):違いを受け入れる土台。分け隔てを超える基盤。
- 規則の尊重(C⑫):きまりは公正を実現するための仕組み。
特に「相互理解、寛容」と「公正、公平、社会正義」は、中学年でセットで扱うと相乗効果が大きい。違いを認める力と分け隔てしない態度は、表裏一体である。年間指導計画を組むときは、この2つを近接して配置したい。
授業のヒント——「教室の地図」を描く
中学年向けの活動として、「教室の関係地図」を提案したい。
クラス全員の名前を紙に書き、自分が「よく話す人」「あまり話さない人」「ほとんど話したことがない人」を色分けする。提出しないので、正直に書ける。
- 赤:よく話す
- 黄:たまに話す
- 青:ほとんど話したことがない
色分けが終わったら、「青の人と、来週1回話してみる」と宣言する。話す内容は何でもいい。「おはよう」だけでも、「消しゴム貸して」でも。意識的に関わる経験を1週間作る。
1週間後の振り返りで、「変わったこと」を共有する。劇的な変化はなくていい。「ちょっとあいさつしやすくなった」「目が合ったら笑える気がする」——その程度で十分だ。小さな関わりが、分け隔てを溶かすことを体感する。
発問例。
- 「分け隔てされた人は、どんな気持ちになるかな」
- 「『うちらの仲間』という気持ちは悪いものですか?」
- 「分け隔てに気付いたとき、自分はどう動けばいい?」
他教科・他領域との連動
- 学級活動:班編成や係活動で、意図的に普段関わらないメンバーを組み合わせる。
- 特別活動:縦割り活動・行事を通して、仲間集団の枠を越える経験。
- 国語:物語教材で、登場人物の関係性を分析する活動が、人間関係を多面的に見る素地を作る。
- 体育:チーム編成で、強い・弱いだけでない多様な観点を取り入れる。
- 学級経営:教師が一人ひとりに公平に声をかけているかを点検する。
道徳の授業だけでは公正は育たない。日常の細部——誰に何回声をかけたか、誰の発言を取り上げたか——を、教師自身が点検する必要がある。
教師として残しておきたいこと
私はこれまで、農業・Web開発・通信制大学での学び直しと、いくつもの場で多様な人と一緒に働いてきた。その経験を通して痛感していることがある——公正と平等は違う、ということだ。
全員に同じ対応をすることが、必ずしも公正ではない。背の低い子と高い子に同じ高さの机を与えるのは「平等」だが「公正」ではない。それぞれの状況に応じた配慮こそが、真の公平を生むことがある。
ただ、これは中学年にはまだ難しい話だ。3年生にはまず「分け隔てをしない」を体得させる。「全員に同じ温度で接する」を、まずは目標にする。そして高学年で、「同じ扱い」と「公正」の違いへと深めていく。長い学びの旅の、最初の一歩がここにある。
46歳でこれから教壇に立つ私自身、自分の中にある「好み」を自覚した教師でありたい。子どもには好みがあるように、教師にも好みがある。それを「ない」ふりをするのは不誠実だ。「自分は誰に多く声をかけているか」「誰の発言を取り上げがちか」を点検し続ける。自分の偏りを知っている教師だけが、公正を語る資格があると思う。
「分け隔てしない」は、子どもに教える前に、教師が自分を点検する内容項目でもある。
指導のポイント(実習用メモ)
- 「好みがあること」自体は否定しない——気持ちと行動を分ける
- 「仲間優先の落とし穴」を発達段階として理解する
- 不公平の影響を多面的に見る——当事者だけでなく周囲も
- 「自分の中の好み」を直視する個人の時間を作る
- 断る・止める言葉を声に出す練習
- 教室の関係地図で、自分の関わりの偏りを可視化
- 教師自身が全員に公平な声かけができているかを点検
- 高学年の「差別・偏見・正義」への橋渡しを意識
まとめ——分け隔てしない教室の作り手は全員
3年道徳の「公正、公平、社会正義」は、仲間集団の引力に抗う力を育てる時間だ。
- 「分け隔てしない」と「好みを持たない」は別
- 仲間優先は中学年の自然な傾向、自覚から始める
- 不公平は、当事者だけでなく周囲全員に影響する
- いじめの最初の一歩を断ち切る役割
- 教師自身の偏りも点検する
中学年は、仲間集団の引力と公正への意志が、初めてせめぎ合う時期だ。教師の役割は、引力を否定することではなく、引力を自覚しながらも、その外にも目を向けられる子を育てることだ。「あなたが誰にでも同じ温度で関われるなら、教室全体が安心できる場所になるよ」——3年生に、そう手渡したい。
実習でこの単元を扱うなら、自分が一日のうち誰に何回声をかけているかを記録することを勧めたい。教師の偏りに気付くことが、子どもの偏りに気付かせる出発点になる。



この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

