「えー、今日も当番なの?」
教室の朝。日直の名前が黒板に書いてある。1年生の頃なら「今日は私の番だ」と嬉しそうに前に出ていた子が、3年生になると「えー、今日も当番なの?」と顔をしかめる。給食当番、配り当番、黒板係、窓係。やればよいのは分かっている。けれど気が乗らない。
これは決して反抗ではない。中学年の子どもに普通に起きる、自然な気持ちの揺れである。学習指導要領解説でも、中学年は「働くことを負担に感じたり、面倒に思ったりする様子も見られる」と明記されている。
道徳の「勤労、公共の精神」は、この「やりたくない気持ち」を否定するのではなく、そのうえで「それでも自分から動こう」と思える力を育てる時間だ。低学年の素朴な「楽しい」を超えて、意味を分かったうえで行動する段階に入る。
学習指導要領のねらい——3段階の比較
中学年〔第3・4学年〕の文言:
働くことの大切さを知り、進んでみんなのために働くこと。
この内容項目は、低中高で次のように深まる。
- 低学年:働くことのよさを感じ、みんなのために働くこと
- 中学年:働くことの大切さを知り、進んでみんなのために働くこと
- 高学年:働くことの意義を理解し、公共のために役に立つことをすること
低学年は「気持ちのよさ」、中学年は「大切さの理解」、高学年は「公共への貢献」へと階段を上る。中学年は、感情から理性へと移行する過渡期にあたる。「楽しい」「気持ちいい」だけでは動かなくなった子に、働く意味の理解を渡してやるのが、この時期の指導の核心だ。
道徳科の評価で見る学びの姿
道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。
数値などによる評価は行わない
その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。
一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか
道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか
この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。
働くことの大切さを知り,進んでみんなのために働くこと。
この授業では、次の姿を見取りたい。
- 多面的・多角的に考える姿:働く人、助かる人、集団全体の気持ちを結び付け、みんなのために働く意味を考えている。
- 自分との関わりで考える姿:自分の役割や係活動を振り返り、進んで働くことで生まれる手応えを考えている。
働くことを当番や係の義務ではなく、みんなの生活を支える行為として扱う。
中学年の発達特質——「面倒に思う」気持ちと向き合う
学習指導要領解説は、ストレートに次のように書く。
みんなのために働くことで楽しさや喜びを味わうことがある一方で、働くことを負担に感じたり、面倒に思ったりする様子も見られる。
これを読むと、現場の教師は安心するかもしれない。「面倒に思うのは正常な発達」だからだ。叱るべきことではない。むしろ、気持ちが揺れるからこそ、考える機会が生まれる。
3年生の教室では、こういう姿がよく見える。
- 当番表を見て「えー」と言う
- 友達に「代わってよ」と頼む
- 適当に終わらせて遊びに行こうとする
- 一方で、誰かに「ありがとう」と言われると顔がほころぶ
- 自分が頼りにされた経験を、しばらく覚えている
この揺れこそが、指導の入口だ。気持ちが「揺れる」ということは、働くことに意味を見出そうとしているということ。解説はその先をこう続ける。
自分の役割を果たし、力を合わせて仕事をすることの大切さを理解できるようにするとともに、進んで働こうとする態度を育てる必要がある。
「やらされる勤労」を「自ら選ぶ勤労」に転換する。それが中学年の課題だ。
指導の重点
1. 「集団の一員」という視点を渡す
解説のキーワードは「集団の一員」である。働くのは自分のためだけではない。自分の仕事が、誰かの生活を支えているという視点を渡す。
- 給食当番が遅れると、みんなの食べる時間が減る
- 黒板係が忘れると、次の授業の先生が困る
- 掃除当番が手を抜くと、明日の教室が汚れたまま
因果の鎖が見えるようになると、3年生は「自分の役割の重み」を理解し始める。
2. 「結果」ではなく「気持ち」を称揚する
たくさん働いた子だけを褒めるのは避けたい。働く「量」ではなく、働く「質」を見る。
- 気が進まなかったけれど最後までやってくれたこと
- 自分から仕事を見つけて動いたこと
- 友達と分担して力を合わせたこと
- 困っている友達の仕事を手伝ったこと
このフィードバックの質が、中学年の勤労感を形作る。
3. 「働かない選択」も教材として扱う
道徳の授業では、働かない選択をしてしまった登場人物の心情を扱うとよい。
- 当番をサボってしまった主人公の、その後の気持ち
- 友達ばかりが働いていたときに、何もしなかった自分
- やる気が出なくて、適当に終わらせた仕事
「そのとき、心の中はどうだった?」と問うと、たいていの子が「もやもやした」「気持ちよくなかった」と答える。働かないことの後ろめたさを言語化することで、逆に働く気持ちよさが立ち上がる。
4. 「学級」から「学校」「地域」へ視野を広げる
中学年の後半では、「学級」というレベルから「学校全体」「地域」へと視野を広げたい。地域清掃、登校班での下級生の世話、地域行事への参加。身近な公共との関わりが、勤労感の幅を広げる。これは高学年の「公共の精神」への助走にもなる。
関連する内容項目
- 節度、節制(A③):自分のことを自分でする姿勢の延長線上に、人のために働く姿勢がある
- 感謝(B⑧):働く人への感謝を経験した子は、自分も働きたいという気持ちを持ちやすい
- よりよい学校生活(C⑯):学級・学校という集団のために働く実践の場
- 規則の尊重(C⑫):当番の決まりを守ることと、自分から働くことは表裏一体
- 家族愛(C⑮):家庭での手伝いと、学校での当番活動はつながっている
特に感謝と勤労は、互いを生み出す関係にある。誰かに感謝された経験が次の勤労を生み、自分が働いた経験が他者への感謝を深める。
授業のヒント
発問例
- 「当番の仕事をやりたくないなと思ったこと、ある?」
- 「そのとき、どうした?」
- 「やった後、どんな気持ちになった?」
- 「友達が代わりにやってくれたら、どう思う?」
- 「みんなが当番をやらなかったら、教室はどうなる?」
活動例
- 当番ドキュメント:1週間、自分の当番でどんな気持ちで動いたかを記録する
- ありがとうボード:誰かの仕事に気付いたら付箋を貼る
- 役割インタビュー:用務員さん、調理員さんなど、学校で働く人に話を聞く
- 当番リフレーミング:嫌いな当番の「いいところ」を3つ書いてみる
教材選びの注意
「働き者の主人公」だけが出てくる教材は、子どもにとって遠い。葛藤する主人公、サボってしまう主人公、しぶしぶ始めて気持ちが変わる主人公——揺れる心が描かれた教材を選びたい。
他教科・領域との連動
社会科との連動
3年社会で「働く人々」を学ぶ。販売の仕事、生産の仕事——そこで出会う「働く大人の姿」が、道徳の勤労観の素地になる。社会科で得た他者の働く姿の知識を、道徳で自分が働く意味へと結び直す。
特別活動との連動
学級会で当番のあり方を話し合う、係活動でアイデアを出し合う、児童会で学校全体の仕事を分担する——これらは道徳で扱った勤労観を実生活で具体化する場である。道徳の授業と特別活動は、理論と実践の関係にある。
学級経営との連動
当番表の作り方、係活動の運営、清掃指導の構造——日常の学級経営の中に、勤労の指導が織り込まれている。毎日の当番が道徳の生きた教材であり、その振り返りを朝の会・帰りの会に組み込むだけで、指導効果は大きく変わる。
教師として残しておきたいこと
私は農業もWeb開発も、両方とも「自分のためだけでない働き方」を選んできた。
農業をしていた頃、自分が育てた作物が、誰かの食卓に並ぶ。顔も知らない人の生活を、自分の労働が支えている。それを実感したとき、「面倒だな」と感じる朝の作業も、不思議と続けられた。働くことは、見えない誰かと繋がる方法だった。
Web開発でも同じだ。自分が書いたコードの先に、それを使う誰かがいる。バグを直すのは面倒だが、ユーザーが快適に使える瞬間を想像すると、手が動く。労働の意味は、繋がりの先にある。
3年生に伝えたいのは、「働くことは、誰かに『ありがとう』と言われるための、いちばん早い道」だということ。そして、自分が誰かを支えていると気付いたとき、働くことが少しだけ軽くなる、ということ。
もう一つ。面倒だと感じる気持ちを否定しない教師でありたい。教師である私自身も、面倒な仕事はある。それでも動く。子どもたちにも、感情を抑えるのではなく、感情を抱えたまま動ける力を育てたい。
指導のポイント(実習用メモ)
- 「面倒に感じる」気持ちは中学年の自然な発達。叱るのではなく、その上で考えさせる
- 「働く量」ではなく「働く気持ち」を称揚する。質的なフィードバックを重ねる
- 集団の一員という視点を渡す。自分の仕事が誰かを支えている実感を持たせる
- 「働かない選択」をした主人公の心情を扱い、もやもやした気持ちを言語化させる
- 当番・係・清掃など、日常の活動を道徳の生きた教材として活用する
- 「学級」から「学校」「地域」へと視野を広げ、公共への助走をつくる
- 結果的に「ありがとう」と言われる経験を意図的に設計する
- 教師自身も、面倒を抱えたまま働く姿を、自然に見せていく
まとめ——「進んで働く」は、感情を乗り越える力
3年道徳の「勤労、公共の精神」は、「やりたくない気持ち」を抱えながらも動ける子を育てる単元だ。
- 中学年は「面倒に思う」気持ちが自然に出てくる発達段階
- 「働くよさ」から「働く大切さの理解」へと深まる
- 集団の一員としての視点を持たせる
- 結果ではなく気持ちの質を称揚する
- 学級から学校・地域へと視野を広げる
- 日常の当番・係活動が、道徳の生きた教材になる
働くことは、誰かと繋がる方法だ。3年生のうちに、この感覚の入口に立たせてやりたい。完璧に「進んで働ける子」にする必要はない。面倒だと感じながらも、ふっと動ける瞬間が一日に一度でも生まれたら、それは大きな成長である。
実習でこの単元を扱うなら、教材だけでなく、教室の当番や日直の様子を観察することを勧めたい。子どもの揺れる気持ちは、教科書の中ではなく、朝の教室の小さなひと言に表れている。



この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

