「相手のことを想像する」——3年道徳・親切、思いやり

校舎廊下で荷物を落とした友達を助けようとして手を止める3年生男子のアニメ風イラスト。相手は「自分でできるよ」と手を上げ、頭上に「自分なら…⇄相手の気持ち」の思考バブルが浮かぶ。「相手のことを想像する/進んで親切にする/『自分なら』を超えて相手の気持ちへ」のテキスト入り
目次

「助けてあげようとしたのに、断られた」

休み時間、転んだ友達のランドセルをすぐに拾いに行った子がいる。けれど、相手は「自分でできるから」と少し戸惑った顔をしていた。給食当番で重そうにしている子の食缶を運んであげようとしたら、「いいよ、いいよ」と返された——。3年生の教室を見ていると、こうした小さなすれ違いがあちこちで起きている。

中学年の子どもは、親切にしたい気持ちが強い。けれど、相手が本当に何を求めているかまでは、まだうまく読めない。親切は気持ちだけでは成立しない——この当たり前の事実に、子どもは初めて直面する。

道徳の「親切、思いやり」を中学年で扱うということは、このズレと一緒に向き合うことだ。「進んで親切にする」という積極性と、「相手のことを思いやる」という想像力。中学年では、その両方を同時に育てる必要がある。


学習指導要領のねらい

中学年〔第3・4学年〕の文言は次のとおりである。

相手のことを思いやり,進んで親切にすること。

低学年から高学年までの文言を並べると、発達のグラデーションが見える。

  • 低学年:身近にいる人に温かい心で接し、親切にすること
  • 中学年:相手のことを思いやり、進んで親切にすること
  • 高学年:誰に対しても思いやりの心をもち、相手の立場に立って親切にすること

低学年の「身近にいる人」は、家族や同じクラスの友達など、距離が近く反応も予想しやすい相手が中心である。中学年では「相手のことを思いやり」が加わり、行為の選び方そのものが問われるようになる。高学年で「誰に対しても」「相手の立場に立って」が前面に出る。

中学年は、親切の内容そのものを、相手に合わせて選び取る力が芽生え始める時期だ。


道徳科の評価で見る学びの姿

道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。

数値などによる評価は行わない

その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。

一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか

道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか

この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。

相手のことを思いやり,進んで親切にすること。

この授業では、次の姿を見取りたい。

  • 多面的・多角的に考える姿:親切にする側、される側、周囲の人の気持ちを考え、押し付けにならない親切を考えている。
  • 自分との関わりで考える姿:自分が親切にできた場面、できなかった場面を振り返り、進んで関わる姿を考えている。

親切をよい行いの実行ではなく、相手の立場や必要を想像する学びとして扱う。


中学年の発達特質——「みんな同じ」の思い込み

学習指導要領解説は、中学年特有の落とし穴を端的に指摘している。

様々な人々との関わりが次第に増えていく中で,相手の気持ちを察したり,相手の気持ちをより深く理解したりすることができるようになる。一方,ともすると他の人々の感じ方や考え方が自分たちの感じ方や考え方と同様であると思い込みがちになることもこの時期の特徴と言われている。

ここに核心がある。中学年は、相手の気持ちが「読める」ようになり始める時期である。だが、その読み方は「自分ならこう思う」を相手に当てはめる段階にとどまりやすい。

「自分なら嬉しいはず、だから親切にしてあげる」——この発想が、相手にとってはお節介になることがある。具体的には次のような場面でズレが起きる。

  • 自分は手伝ってもらうと嬉しい→相手は自分でやりたかった
  • 自分は声をかけられると安心する→相手はそっとしておいてほしかった
  • 自分は答えを教えてもらうと助かる→相手は自分で考える時間がほしかった

3年生の子は、ここで初めて「自分の感じ方と相手の感じ方は別物だ」という気付きに出会う。


指導の重点

「相手のことを自分のこととして想像する」

学習指導要領解説の中核を引く。

相手の置かれている状況,困っていること,大変な思いをしていること,悲しい気持ちでいることなどを自分のこととして想像することによって相手のことを考え,親切な行為を自ら進んで行うことができるようにしていくことが大切である。

「自分なら」ではなく、「相手の立場に身を置いて」想像する。一段階深い想像力を、中学年で育てたい。指導の手がかりとして次のような視点を共有する。

  • 相手はいま何に困っているか
  • 相手はどんな表情・声をしているか
  • 相手は自分でやりたがっているか、助けてほしがっているか
  • 相手は今この瞬間、人前で助けられたいか

「進んで」の意味

中学年の文言にある「進んで」も重要だ。頼まれたから親切にする、誰かが見ているから親切にする、ではなく、自分から気付いて行動するという姿勢である。

ただしこれは、教師が「進んで動きなさい」と号令をかけて育つものではない。教室文化が支える。

  • 親切が冷やかされない雰囲気
  • 親切が当たり前のものとして見過ごされず、教師が小さく価値づける文化
  • 「親切にした側」と「親切にされた側」の両方が語れる場

「親切にしたら認められる」という空気があれば、子どもは自然に進んで動く。逆に、親切が冷やかされる教室では、進んで親切にする芽が育たない。

「親切とお節介の違い」を扱う勇気

中学年の道徳では、親切がうまくいかなかった経験を恐れずに扱いたい。失敗した親切の経験は、子ども自身が一番よく覚えている。それを共有することで、はじめて「相手に合わせる」という発想が立ち上がる。


関連する内容項目

  • 感謝(B⑧):親切を受ける側の感受性が、親切にする側の理解を深める。両方をセットで扱うと深い学びになる
  • 友情、信頼(B⑩):親切の積み重ねが、長期的な信頼関係を育てる
  • 公正、公平、社会正義(C⑬):分け隔てなく親切にする態度と直結する
  • 生命の尊さ(D⑲):相手を一人の生命として尊重する基盤として響き合う
  • 相互理解、寛容(B⑪):自分と異なる感じ方を受け入れる態度の前提となる

特に「相互理解、寛容」とのつながりは深い。「みんな同じ」の思い込みを乗り越える視点は、両方の単元で繰り返し扱う必要がある。


授業のヒント

教材選びのコツ

教材で扱うべきは、「親切の成功例」だけではない

  • 助けようとしたのに、相手が「ありがた迷惑」だった話
  • よかれと思って言ったことで、相手を傷つけてしまった場面
  • 親切のつもりが、相手の自立を奪ってしまった出来事
  • 相手が断ったあと、それでも声をかけ続けた結果どうなったかという話

これらのズレの場面を扱うと、子どもは「じゃあ、どうすればよかった?」と真剣に考え始める。

発問の工夫

  • 「主人公は、どんな気持ちで親切にしようとしたのかな?」
  • 「相手は、そのときどう感じていたと思う?」
  • 「もし自分が相手の立場だったら、何をしてほしかった?」
  • 「親切にしようとしたとき、相手のことをどれくらい考えていた?」
  • 「親切がうまくいくためには、何が必要だろう?」

ここで答えを決めつけずに、「相手に聞いてみる」「相手の様子を見る」「いったん少し待ってみる」という選択肢を子ども自身から出させたい。親切は、相手と一緒に作るものなのだと気付かせる。

活動例

  • 「親切にしてもらって嬉しかったこと」と「親切にしてもらって少し戸惑ったこと」を書き分ける
  • ペアで「親切のつもりでズレた経験」を交換する
  • ロールプレイで「断られたときの対応」を試す
  • 1週間、自分が見つけた友達の親切を記録する

他教科・領域との連動

  • 国語:物語教材の登場人物の心情理解と地続きで扱える
  • 生活/総合:地域の方との交流学習で、世代の違う人への思いやりを実践できる
  • 特別活動:班活動・係活動の中で、お互いの得意・苦手を考慮する
  • 体育:チーム種目で、できる子・できない子をどう支えるか
  • 学級経営:朝の会で「今週の親切エピソード」を匿名で共有する

特に学級経営との接続は重要だ。道徳の授業で語られる親切と、日常の親切が乖離していないかを、教師は常に点検する必要がある。


教師として考えていること

私は就労支援の現場で、多様な特性を持つ人と仕事をしてきた経験がある。そこで痛感したのは、「親切は型ではない」ということだった。同じ声かけが、ある人には支えになり、別の人には負担になる。

ある人は具体的な指示を出してもらえることで安心する。別の人は、まず自分でやらせてほしい、見守ってほしいと感じている。同じ「手伝う」という行為でも、誰に・どのタイミングで・どんな言葉で行うかで、受け取られ方は全く変わる。

農業の現場でも同じだった。先輩の農家が新人の自分に親切にしてくれるとき、すべてを教えるのではなく、聞かれるまで待ってくれることがあった。あれも一つの親切だったと、後になって分かった。

親切は、相手に合わせて形を変える——これは中学年にも届く真実だと思う。そして、合わせるためには、相手をよく見る・よく聞くことが不可欠だ。

3年生に「親切は、相手のことを知るところから始まるよ」と語りかけたい。相手を知らないままの親切は、自分の満足のためになりやすい。これは大人にもそのまま跳ね返ってくる教えだと、自戒を込めて思う。


指導のポイント(実習用メモ)

  1. 「親切の成功例」だけでなく、「ズレた親切」の経験も扱う
  2. 「自分なら」ではなく「相手の立場で」想像する発問を重ねる
  3. 「進んで」を号令ではなく、教室文化として育てる
  4. 親切を受けた側の声を授業に取り込む
  5. 結論を急がず、「どうすればよかったか」を子どもから引き出す
  6. 学級経営での親切が、道徳の言葉と乖離しないように見取る
  7. 相互理解・寛容と意識的につなぐ
  8. 教師自身が「断られた親切」のエピソードを語れるようにしておく

まとめ

  • 中学年は親切の内容を「相手に合わせて選ぶ」力が芽生える時期である
  • 「みんな同じ」の思い込みを越える想像力を育てる単元として扱う
  • 親切の成功例だけでなく、ズレた親切も教材に取り込む
  • 「進んで」は号令ではなく、教室文化が支える
  • 評価は行為ではなく、相手を想像できたかどうかを見取る
  • 学級経営での日常の親切と、道徳の言葉を一致させる

3年生は、親切にしたい気持ちと、相手とのズレに同時に出会う時期だ。教師がこのズレを「失敗」ではなく「学びの入り口」として受け止めれば、子どもは安心して親切を試行錯誤できる。

実習でこの単元を扱うなら、私はまず自分自身が「親切のつもりでズレた経験」を一つ語る時間を作りたい。大人もまた、相手を想像する力を磨き続けている存在なのだということが伝われば、子どもの語りも自然に開いていくと思う。


この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

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