「いただきます」の向こうにいる人たち
給食前の「いただきます」を、3年生はちゃんと声に出して言える。だが、その「いただきます」の向こうに、どれだけの人の働きがあるかを問うと、すぐに答えられる子は意外に少ない。
野菜を作った農家、加工した工場の人、運んだトラックの運転手、給食センターの調理員、それを運んでくれる校務員、配膳する自分たち——一杯のスープが目の前に並ぶまでに、いったい何人の手が関わっているのか。3年生に「数えてみよう」と問いかけると、子どもの目が変わる瞬間がある。
中学年で扱う「感謝」は、まさにこの「いただきます」の向こう側を見せていく内容項目だ。家族から始まり、地域の人々、そして自分たちの生活を支えてきた高齢者まで——感謝の対象を目に見えない働きへと広げていく単元である。
学習指導要領のねらい
中学年〔第3・4学年〕の文言は次のとおりである。
家族など生活を支えてくれている人々や現在の生活を築いてくれた高齢者に,尊敬と感謝の気持ちをもって接すること。
低学年から高学年までを並べると、感謝の対象が広がっていく様子がよく見える。
- 低学年:家族など日頃世話になっている人々に感謝すること
- 中学年:家族など生活を支えてくれている人々や、現在の生活を築いてくれた高齢者に、尊敬と感謝の気持ちをもって接すること
- 高学年:日々の生活が家族や過去からの多くの人々の支え合いや助け合いで成り立っていることに感謝し、それに応えること
低学年は「日頃世話になっている人」、つまり目に見える身近な相手が中心だ。中学年では「地域の人々」「高齢者」という、家庭の外側にいる人々が対象として加わる。高学年になると「過去からの多くの人々」と歴史的な厚みが入ってくる。
中学年は、感謝の対象を家庭の外へ・時間の奥へ広げる第一歩を踏み出す時期である。
道徳科の評価で見る学びの姿
道徳科では、他教科のように数値で到達度を測る評価は行わない。学習指導要領解説でも、道徳科の評価について次のように示されている。
数値などによる評価は行わない
その代わりに、授業の中で子どもの考えがどう動いたかを見取る。特に大切なのは、次の二つである。
一面的な見方から多面的・多角的な見方へと発展しているか
道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めているか
この内容項目の中学年のねらいは、次の文言に表れている。
家族など生活を支えてくれている人々や現在の生活を築いてくれた高齢者に,尊敬と感謝の気持ちをもって接すること。
この授業では、次の姿を見取りたい。
- 多面的・多角的に考える姿:家族、地域の人、高齢者など、見えにくい支えを複数の立場から考えている。
- 自分との関わりで考える姿:自分の生活が誰の働きで成り立っているかを見つめ、感謝をどう表したいかを考えている。
感謝を言葉だけでなく、生活を支える人々への気付きとして広げる。
中学年の発達特質——「目に見えない人」への想像力
学習指導要領解説はこう述べている。
感謝する対象を家族など日頃世話になっている身近な人々に加え,日常の生活を支えている地域の人々や,現在の生活の礎を築いた高齢者などの先達へと広げるようにすることが求められる。
中学年は、社会科で「市の様子」「販売の仕事」「生産の仕事」などを学ぶ時期だ。地域に多くの仕事があり、多くの人が働いていることが、知識として子どもの中に入り始めている。
道徳の感謝は、この知識を心の動きへと変える役割を担う。「お米を作っている人がいる」「ゴミを集めてくれる人がいる」「水道を直してくれる人がいる」——存在は知っている。けれど、まだ「ありがとう」と感じる対象にはなりきっていない。中学年で、ここを橋渡しする。
社会科と道徳が同じ時期に走るからこそ、教師は意識的に知識から感情への橋を架けたい。社会科で「働く人がいる」を学び、道徳で「その人にありがとうと思える」を耕す。両輪が揃うと、子どもの世界の見え方が変わる。
指導の重点
「高齢者への尊敬と感謝」が中学年で登場する意味
中学年の文言には「高齢者」という具体的な対象が明記される。これは中学年で初めて出てくる表現だ。
自分たちの安心で安全な生活の実現のために働く人々や,現在の自分たちの生活を築き,大切なものを守り伝えてきたり,発展・向上のために尽力してきたり,努力を重ねてきたりした高齢者などの先達の存在に気付き…
「自分は何もないところから生まれたのではない」——この感覚を中学年で耕す意味は大きい。今の生活は、過去の誰かが積み重ねてきた結果である。学校の建物も、地域の文化も、田畑も道路も、誰かが何十年もかけて整えてきたものだ。
この時間軸の感覚が、後の歴史学習や伝統文化への入り口になる。指導の手がかりは次のとおり。
- 学校・地域の歴史に触れる機会を設ける
- 祖父母や地域の高齢者の話を聞く
- 「昔の生活」と「今の生活」の比較を取り入れる
- 受け継がれてきたものを具体的に挙げる
「ありがとう」の対象を広げる
家族・先生・友達のような身近な相手だけでなく、直接顔を合わせない人への感謝を扱う。これは中学年特有の挑戦だ。
- 給食を作ってくれる調理員さん
- 通学路を整備してくれる地域の方
- 図書を選んでくれる司書の方
- スクールバスやガードレールを設計した人
- 地域のお祭りを続けてきた人々
子どもは「会ったことがない人にも、ありがとうと思っていいんだ」という気付きを得る。これが感謝の射程を広げる。
「形に表す」段階へ
低学年では「ありがとう」と言葉にする段階が中心だ。中学年は、「行動に表す」段階へ進む。
- 給食の調理員さんに、絵手紙を書く
- 地域の見守り隊の方に、お礼の言葉を直接届ける
- 校内の清掃をしてくださる方の働きを、学級通信で取り上げる
- 高齢者施設との交流で、合奏や手紙を届ける
感謝は伝えてこそ循環する。中学年は、その循環の手応えを体験できる時期だ。
関連する内容項目
- 親切、思いやり(B⑦):感謝の心が、自分も親切にしようとする態度に繋がる
- 家族愛、家庭生活の充実(C⑮):感謝の最も身近な場所
- 勤労、公共の精神(C⑭):働く人への感謝が、自分も働きたいという気持ちに繋がる
- 伝統と文化の尊重(C⑰):先達への感謝が、文化の継承につながる
- 郷土の伝統と文化(C⑰):地域への愛着の基盤として響き合う
特に勤労・伝統・郷土とのつながりは、中学年の社会科の地域学習と直接呼応する。教科横断で扱う価値が大きい。
授業のヒント
「もしこの人がいなかったら」
中学年の感謝の授業では、「もしこの仕事をする人がいなかったら、自分の一日はどうなるか」を想像させると効果的だ。
- ゴミ収集車が来なかったら街はどうなる?
- お店に商品が並んでいなかったら、晩ごはんはどうする?
- 道路が舗装されていなかったら、登校は?
- 信号機を整備する人がいなかったら?
子どもは「こまる」「くさくなる」と笑いながら答え始める。その笑いの中で「だれかが、わたしのために働いてくれていたんだ」という気付きが立ち上がる。
そこからもう一歩踏み込みたい。「その人たちは、どんな思いで働いているのかな」と問う。仕事は単なる作業ではなく、誰かの願いをこめた行為だと気付かせたい。
発問の工夫
- 「あなたの生活を支えてくれている人を、思いつくだけ挙げてみよう」
- 「会ったことのない人にもありがとうと思える?」
- 「『当たり前』だと思っていたことの中に、誰かの働きはある?」
- 「感謝の気持ちは、どうやって伝えると相手に届くだろう?」
活動例
- 給食室の見学
- 地域の方を招いてのインタビュー学習
- 高齢者施設との手紙交流
- 「ありがとうの木」を学級に置き、見つけた感謝を葉っぱに書く
- 学校の歴史を年表にする
他教科・領域との連動
- 社会:「販売の仕事」「生産の仕事」「市の様子」と直接連動する
- 生活/総合:地域学習・地域の人へのインタビュー
- 国語:手紙を書く単元、伝記教材
- 音楽:地域の歌、交流会での合奏
- 特別活動:勤労感謝の集会、地域の方を招いての行事
- 学級経営:「ありがとう」を可視化する仕組み(カード・木・掲示物)
社会科で「販売の仕事」を扱う時期と道徳の感謝を重ねると、子どもの中で学んだ知識と感じた気持ちが結び付く。これが教科横断の醍醐味だ。
教師として伝えたいこと
私は農業をしていた時期、自分の作った野菜を食べてくれる人がどこかにいることを支えに、朝早くから働いていた。直売所でしか会わない人もいれば、顔も見たことがない遠くの誰かもいた。それでも「誰かのため」が、自分を動かす力になることを、身体で知った。
Web開発の現場でも同じだった。自分が書いたコードが、自分の見えないところで誰かの仕事を助けている——その実感が、夜遅くまで作業を続ける原動力になった。
働くということは、目に見えない誰かと繋がることだ。そしてその繋がりが、感謝という形で循環してくると、人はまた次の働きに向かえる。
3年生にも、「あなたの『ありがとう』は、相手の明日の力になるよ」と伝えたい。感謝は、受ける人を支える行為でもある。子どもが書いた一枚のお礼の手紙が、調理員さんの一日を温める——そういう循環を、教室から作っていきたい。
46歳で教員を目指す自分自身、ここまでの道のりに数えきれないほどの「先達」がいたことを、改めて感じている。両親、農業の師匠、Web開発のチーム、星槎大学の先生方——一人ひとりの存在が今の自分を支えている。子どもにこの感覚を伝えるためには、まず自分が日々の感謝を言葉にする習慣を持っていたい。
指導のポイント(実習用メモ)
- 社会科の地域学習と連動させ、知識と感情の橋を架ける
- 「会ったことのない人」への感謝を扱う
- 「高齢者」「先達」という時間軸の感覚を育てる
- 「もしこの人がいなかったら」と想像から入る
- 感謝を行動に表す活動を必ず1つは取り入れる
- 感謝は受け取る側も支える行為であることを伝える
- 教師自身の感謝のエピソードを語れるように準備しておく
- 学級経営の中で、感謝を可視化する仕組みを持つ
まとめ
- 中学年の感謝は、対象を家庭の外・時間の奥へ広げる単元である
- 社会科の地域学習と連動させ、知識を心の動きへ変える
- 「高齢者」「先達」という時間軸が中学年で初めて登場する
- 感謝を「行動に表す」段階へ進める
- 感謝は循環であり、伝える行為そのものが相手を支える
- 教室の中に、感謝を可視化する仕組みを置く
「いただきます」の向こうにいる人たちを、一人でも多く子どもに見せたい。そのうえで、その人たちに自分の言葉や行動を届ける経験を積ませたい。中学年の感謝は、世界の見え方を確実に変える力を持っている。
実習でこの単元を扱うなら、私は給食室の見学か、地域の高齢者へのインタビューを仕組みたい。教科書の中だけで完結する感謝ではなく、実際に会って、声を聞いて、お礼を言う経験が、子どもの心に長く残ると思う。


この記事は、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編(文部科学省, 2017)の第3章第2節、および第5章「道徳科の評価」を基に執筆しています。

