九九を暗記させる前に——数感覚というOS

目次

「だいたい100くらい」が言えるか

48+53。

この計算を見て、大人は暗算で101と出せる人が多いだろう。では、暗算が苦手な人でも、「だいたい100くらい」とは言えるのではないだろうか。48は「だいたい50」、53は「だいたい50」、合わせて「だいたい100」。

この「だいたい」の感覚。これが数感覚(number sense) だ。

数感覚とは、数の大きさや関係を直感的に把握する力のことである。正確な計算ができるかどうかとは、別の能力だ。そして、この「別の能力」が、実は算数のすべての土台になっている。

コンピュータに例えれば、計算力はアプリケーションだ。足し算アプリ、かけ算アプリ、分数アプリ。それぞれの手順を覚えれば、個別の処理は実行できる。

しかし、アプリが動くためにはOS(オペレーティングシステム) が必要だ。どのアプリを起動するか判断し、処理結果がおかしくないか監視し、エラーが出たら警告を出す——この基盤がなければ、アプリはまともに動かない。

数感覚は、算数のOSである。


学習指導要領が繰り返す「感覚を豊かにする」

「数感覚」は、私が勝手に言っている概念ではない。

学習指導要領(算数編)を開くと、全学年の目標に「感覚を豊かにする」という言葉が繰り返し出てくることに気づく。

  • 第1学年:「数量や図形についての感覚を豊かにする
  • 第2学年:「数量や図形についての感覚を豊かにする
  • 第3学年以降も同様に、感覚の育成が目標に位置づけられている

しかも、第1学年の解説にはこう書かれている。

「知識」に関しては,算数科で学習する内容の基礎となる概念や性質の理解の基礎となる経験を繰り返すことや,算数を豊かに学び続ける上で必要となる感覚の育成が重要である。
——小学校学習指導要領解説 算数編(平成29年告示)

知識や技能の前に、「感覚」。学習指導要領は、算数の出発点が計算スキルではなく、数や量に対する感覚だと明確に述べている。

さらに注目したいのは、第1学年の内容に示されたこの一文だ。

「一つの数をほかの数の和や差としてみるなど,ほかの数と関係付けてみること。」

7は「5と2」であり、「3と4」でもあり、「10から3を引いたもの」でもある。一つの数を複数の角度から捉えるこの力こそ、数感覚の核心だ。そして、これが1年生の段階で目標に据えられている。

OS比喩で言えば、学習指導要領は「アプリをインストールする前に、まずOSを整備しなさい」と言っているのである。


3つ、一目でわかるか——subitizing

数感覚の中でも最も原始的な能力に、subitizing(サビタイジング) がある。日本語では「瞬間的把握」と訳されることもある。

サイコロの目を見てほしい。●●●と3つ並んでいたら、数えなくても「3」とわかる。●●●●●が5つなら、少し時間がかかるかもしれないが、たいていの大人は一瞬で「5」と認識できる。

これがsubitizingだ。数えずに量を把握する能力。人間は生まれつき、1〜3程度の小さな数を瞬時に認識する力を持っていると言われている。4以上になると、多くの場合「2と2」「3と2」のようにグループ化して認識する。

つまり、subitizingの中に、すでに合成・分解の芽がある。5を「3と2」として捉えること。これは足し算の概念そのものだ。

学習指導要領が1年生で「具体物をまとめて数えたり等分したりして整理し,表すこと」を求めているのは、このsubitizingを発展させる意図がある。ブロックやおはじきを2ずつ、5ずつまとめて数える——この活動が、後のかけ算の素地になると同時に、数感覚そのものを鍛えている。

ここで興味深いのは、subitizingが苦手な子どもは、後の計算でもつまずきやすいという研究知見があることだ。アプリ(計算手順)をいくらインストールしても、OS(数感覚)の基盤が脆ければ、アプリは不安定になる。


数感覚の5つの構成要素

数感覚は漠然とした「センス」ではなく、いくつかの具体的な能力で構成されている。

構成要素意味
数の大小感覚どちらが大きいか直感的にわかる78と83、どちらが大きい? → 即答できる
概算力だいたいの見積もりができる298+405 → 「だいたい700くらい」
数の合成・分解数を柔軟に分けたり組み合わせたりできる7を「5と2」「3と4」「6と1」と捉えられる
数のパターン認識規則性や関係を見つけられる2、4、6、8…→「2ずつ増えている」
量と数の対応数字と実際の量が結びついている「1000円」がどのくらいの買い物に対応するかわかる

この5つは独立しているのではなく、互いに支え合っている。概算ができるのは大小感覚があるからだし、合成・分解ができるからパターンが見える。OSの各モジュールが連携して、はじめてシステム全体が安定する。


九九の暗記——アプリのインストール

2年生で始まる九九の暗記。「ににんがし、にさんがろく、にしがはち……」と唱えさせ、すらすら言えるようになるまで繰り返す。

九九は確かに重要だ。学習指導要領も「以後の学年で取り扱う乗法や除法の計算の基盤となるもの」と明記している。かけ算、割り算、分数、面積——後の算数のほぼすべてが九九の上に載っている。だから「早く正確に言えるようになること」が重視される。

しかし、ここに落とし穴がある。

九九を音の列として丸暗記している子どもがいる。「ににんがし」は言えるが、「2×2が4になる理由」は説明できない。それどころか、「2×2って何のこと?」と聞かれると固まる。

これは、OSが入っていない端末にアプリだけインストールした状態だ。アプリは「起動」する——つまり、九九は暗唱できる。しかし、OSがないから応用が利かない

具体的にどういうことが起きるか。

  • 順番通りにしか言えない:「7×8」を聞かれると、「しちいちがしち、しちにじゅうし……」と最初から唱えないと答えが出ない。ランダムアクセスではなくシーケンシャルアクセスになっている。
  • 逆が出てこない:「56÷7」が九九の逆だと気づけない。九九アプリと割り算アプリが、OS上で連携していない。
  • 文章題に使えない:「1袋に8個入ったクッキーが7袋あります」が8×7の場面だと認識できない。日本語の入力をアプリに渡すインターフェースがない。

学習指導要領は、この落とし穴を知っている。だからこそ、九九の指導について「体験的な活動や身近な生活体験などと結び付けるなどして指導の方法を工夫することが重要」と念を押している。そして、九九を構成する——つまり、子ども自身が「かける数が1増えれば答えは被乗数分だけ増える」という性質を見つけながら九九を作り上げていくプロセスを重視している。


九九を「忘れた」ときに何が起きるか

学習指導要領の九九の解説に、興味深い記述がある。

ある九九を忘れたり曖昧だったりする場合,交換法則や乗法に関して成り立つ性質を用いて,知っている九九を手がかりに,積を再構成することができる

たとえば、7×8を忘れたとする。

数感覚が育っている子は、こう考えられる。「7×7=49は覚えている。7×8は、それより7だけ大きいから、49+7=56」。あるいは「8×8=64は覚えている。7×8は、それより8だけ小さいから、64−8=56」。

つまり、既知の情報から未知の情報を導き出せる。これはOSが正常に動いている状態だ。数の合成・分解ができ、パターンを認識し、関係性を使って推論する——数感覚の複数のモジュールが連携して、忘れた九九を「再構成」している。

一方、音の丸暗記だけの子は、忘れたらそこで止まる。最初からもう一度唱え直すか、諦めるか。OSがないから、アプリが落ちたら再起動しかない。

数感覚が育っている子にとって、九九は「覚えるもの」であると同時に「導き出せるもの」でもある。この二重の支えがあるから、安定して使えるのだ。


数感覚が育っている子の「計算」

数感覚が育っている子どもは、計算の仕方そのものが違う。

たとえば、7+8を計算するとき。

数感覚が未成熟な子は、指を使って1から全部数える。あるいは、丸暗記した答えを記憶から引っ張り出す。どちらにしても、一つの方法しか持っていない。

数感覚が育っている子は、複数のルートを持っている。

  • 「7は5+2、8は5+3。5+5=10で、残り2+3=5。だから15」(5の合成・分解
  • 「8は7+1だから、7+7=14に1を足して15」(既知の事実+調整
  • 「7+8は、10+5に組み替えられるから15」(10の合成

どのルートを通っても同じ答えにたどり着く。そして、場面や数によって最も効率のいいルートを選べる。これは、OSがリソースを最適に配分している状態だ。

一方、手順の丸暗記だけで計算している子は、その手順が使えない場面に出くわすとフリーズする。教室で見かける「固まっている子」の何割かは、能力がないのではなく、持っている手順が今の場面に対応していないだけなのだと思う。


概算——「答えの検算」を自動実行する

数感覚の中でも、特に実用的なのが概算力だ。

学習指導要領では、2年生の段階ですでに「計算の結果の見積りについて配慮するものとする」と記載されている。そして4年生で「概数と見積り」が正式な単元として登場する。つまり、概算力は高学年で突然求められるものではなく、低学年から段階的に育てていくものだ。

学習指導要領の解説には、こんな具体例がある。

389+4897の計算において位を揃えずに計算し8787と答えを求めたとき,389をおよそ400,4897をおよそ5000とみれば答えは5400になることから8787という答えは間違っていることに気付ける。
——小学校学習指導要領解説 算数編

これはプログラミングにおけるアサーション(assertion) と同じだ。「この値は○○の範囲に収まるはず」という検証を、処理の途中に挟んでおく。アサーションに引っかかれば、どこかにバグがあるとわかる。

大学の授業で小数のわり算の指導案を書いたとき、「量的な感覚から無意識に結果を見積もる」ことの重要性を考えた。小数で割ると商が被除数より大きくなることがある——これは、「割り算をすると答えは小さくなる」という子どもの直感的な見積もりが覆る瞬間だ。だからこそ混乱する。しかし裏を返せば、見積もりの感覚があるからこそ「おかしい」と気づけるのであり、その「おかしい」を出発点にして、新しい理解に到達できる。

概算力がない子は、計算結果をそのまま受け入れる。398×5=19900と書いても、「おかしい」と思わない。答えの妥当性をチェックするOSの機能が動いていないからだ。

教室で「見直しをしましょう」と指導する場面は多い。しかし、計算をもう一度やり直すだけの見直しでは、同じロジックで同じ間違いを繰り返すだけだ。本当に有効な見直しは、概算との照合——つまり、別のアルゴリズムで結果を検証することだ。


数感覚は「教えられる」のか

ここで根本的な問いが浮かぶ。数感覚は生まれつきのセンスなのか、それとも教えて育てられるものなのか。

結論から言えば、育てられる。ただし、計算ドリルでは育たない。

計算ドリルは「アプリの反復実行」だ。処理速度は上がるが、OSは変わらない。数感覚を育てるには、OSそのものに働きかける活動が必要になる。

学習指導要領が第1学年で「幼児期の教育において,遊びや生活の中で,一人一人の幼児がその幼児なりに必要感をもって,数量などへの関心をもち感覚が磨かれるような体験をしていることなどを踏まえ,指導の工夫を行うことが大切」と述べているのは、まさにこのことだ。数感覚は、教科書を開く前から、日常の体験の中で育ち始めている。

数感覚を育てる活動の例

① 見積もりゲーム
「このビンにキャンディがいくつ入っていると思う?」と聞く。正解を当てることが目的ではない。「50くらい? いや、100はありそう」と量を推定する経験そのものが、数と量の対応を鍛える。

② 数の組み替え遊び
「10を作る組み合わせ、いくつ見つけられる?」——1+9、2+8、3+7……。あるいは「24を作れる式を考えよう」——6×4、8×3、25−1。数を柔軟に分解・合成する経験が、計算の複数ルートを育てる。これは学習指導要領が1年生で求めている「一つの数をほかの数の和や差としてみる」力そのものだ。

③ 「だいたいいくつ?」の問いかけ
正確な答えを求める前に、「だいたいいくつになりそう?」と聞く習慣をつける。この一言が、概算というアサーション機能を子どもの中にインストールしていく。

④ 日常の中の数
「教室に椅子はいくつある? 数えないで予想してみよう」「校庭を横切るのに何歩くらいかかる?」——日常の中で数を「感じる」経験を積むことで、数と現実世界の接続が強化される。

⑤ 九九表の探索
九九を暗唱させるだけでなく、九九表を眺めて「きまり」を見つけさせる。3の段と4の段を足すと7の段になる。同じ数をかける計算(1×1、2×2、3×3…)は斜めに並んでいる。学習指導要領が「乗法九九を構成したり観察したりすることを通して,乗法九九の様々なきまりを見付けるように指導する」と述べている活動だ。これは九九の暗記ではなく、数のパターン認識というOSの機能を鍛えている。

どれも地味な活動だ。テストの点には直結しない。しかし、これらはOSのアップデートであり、その上で動くすべてのアプリの安定性を底上げする。


農業で言えば「土づくり」

農業では、作物を植える前に土づくりをする。

堆肥を入れ、微生物が活動しやすい環境を整え、土壌のpHを調整する。これは地味で、目に見える成果がすぐには出ない作業だ。しかし、土ができていないところに種をまいても、芽は出ても根が張らない。一見育っているように見えても、少しの日照りや大雨で倒れてしまう。

数感覚は、算数における土づくりだ。

九九の暗記は「種まき」であり、計算ドリルは「水やり」だ。どちらも大事だが、土ができていなければ根が張らない。暗記した九九は、応用場面という「風」に吹かれたとき、根がないから倒れる。

逆に、土がしっかりしていれば、種は自然と根を張る。数感覚が育っている子どもにとって、九九は「暗記するもの」ではなく「当たり前にそうなるもの」として吸収される。2が3つ分で6。3が4つ分で12。量の感覚と計算が一致しているから、覚えるのではなく、わかるのだ。


OSの上にアプリを載せる

前回の記事で、子どもの間違いを「エラーログ」として読み解くことを書いた。エラーログを正しく読むためにも、数感覚というOSの理解は欠かせない。

たとえば、九九が言えない子どもがいたとする。エラーログを読まなければ、処方は「もっと練習させる」になる。しかしOSの視点で見ると、可能性は複数ある。

  • 暗唱の記憶が定着していない(アプリのインストールが不完全)→ 反復練習で対応できる
  • かけ算の意味がわかっていない(アプリの仕様を理解していない)→ 具体物で「○が△つ分」を体験させる
  • 数の合成・分解ができていない(OSの機能不足)→ 九九の前に、数感覚を育てる活動が必要

3番目のケースに対して反復練習を処方しても、効果は薄い。OSが対応していないアプリを何度インストールしても、正常に動作しないのと同じだ。

大切なのは、つまずきがアプリの問題なのかOSの問題なのかを見極めることだ。そしてOSの問題であれば、アプリの再インストール(計算ドリルの反復)ではなく、OSのアップデート(数感覚を育てる活動)から始める必要がある。


「速さ」より「厚み」を

算数の授業では、しばしば速さが重視される。速く計算できること、速く答えが出せること。百ます計算のようなトレーニングは、処理速度の向上には効果的だ。

しかし、速さはアプリの実行速度であって、OSの安定性とは別物だ。

速く計算できるが概算ができない子。九九は完璧だが文章題で固まる子。計算テストは満点だが「なぜそうなるか」を説明できない子。これらはすべて、アプリの処理速度は高いが、OSが薄い状態だ。

逆に、計算は遅くても、「だいたいこのくらいになるはず」と見積もれる子。指を使わないと計算できないが、「この答えはおかしい」と気づける子。この子たちのOSは、しっかり動いている。

速さは後からついてくる。しかし、OSのないところに速さだけを求めると、速く間違える子ができあがる。

大学の初等教科教育法(算数)のレポートで、私は「計算の反復練習に終始せず、学んだ知識や技能を課題解決に応用する経験を通して、児童が実生活に役立つ力を身につけることが求められる」と書いた。あのとき言葉にしようとしていたことが、「数感覚」という概念を学んだことで、ようやく整理できた気がする。速さではなく厚み。手順ではなく感覚。アプリではなくOS。


まだ教壇に立っていない私が考えること

教育実習まであと約2ヶ月。まだ教壇に立ったことのない私が、算数の記事をこれで2本書いた。

前回は「子どもの間違いを読み解く」こと、今回は「計算の前にある土台」のことを書いた。大学の教科(算数)で分数の指導法を学び、通分の必要性を量の感覚から気づかせる指導について考えた。小数のわり算の指導案を書き、「量的な感覚による演算のイメージが覆る」場面をどう設計するかを考えた。初等教科教育法(算数)のレポートで、算数が日常生活にどう役立つかを論じた。

これらの学びが、「数感覚」という一本の軸でつながった。

計算ができない子に計算をもっとさせても、解決しないことがある。

これは農業で嫌というほど学んだ。作物が育たないとき、肥料を増やしても解決しないことがある。水を増やしても解決しないことがある。問題が土壌にあるなら、土壌を変えなければならない。そして、土壌を変えるのは時間がかかる。すぐには結果が出ない。しかし、土ができれば、その後のすべてが変わる。

教室で出会う子どもたちの中に、「計算が苦手」な子がいたとき。その子に必要なのは計算ドリルなのか、それとも数感覚を育てる体験なのか。エラーログを読み、OSの状態を確認し、適切な処方を選ぶ。

学習指導要領は、1年生の最初から「感覚を豊かにする」と書いている。その言葉の重みが、今は少しわかる気がする。


本記事は、小学校学習指導要領解説 算数編(平成29年告示)、大学での算数科教育法・初等教科教育法(算数)の学習内容、および数感覚(number sense)に関する研究知見をもとに執筆した。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次