大学の講義「発達障害教育総論」や関連資料で学んだ 「自閉スペクトラム症(ASD)」 について、自分自身のアウトプットとして要点を整理しました。
教育実習や将来の現場を見据えて、単なる知識の暗記ではなく、「もし自分が現場に立った時にどう動くか」という視点でまとめておきます。
1. 学びの前提:ASDの捉え方
これまで「自閉症」や「アスペルガー症候群」と別々に聞いていた言葉が、現在は 「ASD(Autism Spectrum Disorder)」 という連続体(スペクトラム)の概念に統一されていることを再確認しました。
- 原因: 親の育て方や愛情不足ではなく、生まれつきの脳機能の特性(中枢神経系の機能不全)。
- 特性のグラデーション: 「障害がある/ない」と二分するのではなく、特性の濃淡が人によって異なり、境界線は曖昧であること。
- 併存症: ADHD(注意欠如・多動症)やLD(学習障害)などを併せ持っていることも珍しくない。

「スペクトラム(連続体)」という考え方は非常に重要だと感じました。私たちも「空気が読めない」「こだわりが強い」という瞬間は少なからずあります。彼らを「自分たちとは違う人」と切り離すのではなく、「自分たちの延長線上にいる、少し特性が濃い人たち」 と捉えることで、理解の第一歩が踏み出せる気がしました。
DSM-5などの定義も重要ですが、一番大事なのは 「その子個人の中にどんな困りごとがあるか」 を見ることだと強く感じました。
2. 特性と具体的な「困りごと」の理解
ASDの特性は、社会生活において以下のような「困りごと」として現れやすいことを学びました。これらは「わがまま」や「しつけの問題」と誤解されやすい部分でもあります。
① 社会的コミュニケーションと対人関係の「ズレ」
- 特性: 言葉の裏や文脈を読むのが苦手。相手の気持ちを想像したり、非言語的なサイン(表情や視線)を読み取ることが難しい。
- 具体例:
- 「首を長くして待つ」→ 物理的に首を伸ばそうとする(言葉を文字通り受け取る)。
- 「適当にやって」→ 具体的な数値がないと動けない。
- 一人遊びを好み、集団行動になじめない。
- 興味のあることだけを一方的に話し続けてしまう(キャッチボールが成立しにくい)。
- 支援のヒント: 曖昧な表現を避け、「具体的かつ肯定的」 に伝えること。



日本社会は特に「空気を読む」「察する」というハイコンテクストな文化なので、ASDの子どもたちにとっては生きづらい場面が多いだろうと想像しました。冗談が通じない時に「ノリが悪い」と片付けられてしまいがちな彼らの孤独感を、教師がいかに汲み取れるかが鍵になりそうです。
② 変化への強い不安と限定された行動(こだわり)
- 特性: 「いつも通り」の手順や場所に強い安心感を覚える(同一性の保持)。特定のものに対する強烈な興味・関心。
- 具体例:
- 急な予定変更(時間割変更や雨の日の体育など)でパニックになる。
- 物の配置が変わると落ち着かない。
- 特定の道順や手順でないと気が済まない。
- ミニカーのタイヤだけを回し続ける、時刻表を暗記するなどの没頭。
- 支援のヒント: 「見通し」 を持たせること。変更がある場合は、事前に予告する。



パニックを起こしている時、周囲からは「わがまま」に見えがちですが、本人の内心は「世界が崩れるような恐怖」を感じているのだと学びました。「こだわり」は彼らにとっての精神安定剤であり、無理に取り上げるとパニックを悪化させるだけだと肝に銘じたいです。逆に言えば、この集中力は大きな武器になる可能性も秘めています。
③ 感覚の特異性(過敏・鈍麻)
- 特性: 五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)の感じ方が独特。
- 具体例:
- 聴覚過敏: 運動会のピストル音、掃除機の音、教室のざわめきが「激痛」のように感じる。
- 触覚過敏: 特定の服の素材(タグやチクチクする服)が我慢できない。手をつなぐのを嫌がる。
- 視覚過敏: 蛍光灯のチラつきが気になって集中できない。
- 鈍麻: 怪我をしていても痛みを感じにくい、暑さ寒さに鈍感。
- 支援のヒント: イヤーマフの使用を認める、刺激の少ない静かなスペース(カームダウンエリア)を用意する。



「感覚」は他人には見えないため、最も理解されにくい部分だと思います。「我慢が足りない」と精神論で片付けるのは、彼らにとって拷問と同じこと。教室環境(掲示物を減らす、カーテンを閉めるなど)を見直すだけで、彼らの苦痛が減るなら、すぐにでも実践すべき配慮だと思いました。
3. 実践したい支援のポイント
講義ノートにあった「かねやん」のエピソードが非常に印象に残りました。支援の方法一つで、人の人生が大きく変わることを実感しました。
① 「視覚化」と「構造化」で安心を作る
- 学んだこと: ASDの人は「聴覚情報処理」より「視覚情報処理」が得意なことが多い。耳で聞くだけでは情報が流れてしまうが、目で見ると理解しやすい。
- 実践したいこと:
- 口頭注意だけでなく、絵カード、写真、文字で具体的に示す。
- 1日のスケジュールを黒板の端に掲示し、「今ここ」「次はこれ」と見通しを持たせる。
- 「いつ」「どこで」「何を」「どれくらい」「終わったらどうする」を明確にする。
- 「かねやん」が絵カードで買い物手順を覚え、iPhoneを自分で買えるようになった事例は、まさに構造化の力の証明だと感じた。



「何度言ったらわかるの!」と叱る前に、「伝え方が彼らの特性に合っていたか?」を自問自答する必要があります。伝わらないのは彼らのせいではなく、こちらの送信方法が間違っているのかもしれません。
② 「肯定的な指示」への変換
- 学んだこと: 「~してはダメ」という否定形は、禁止の意味は分かっても「じゃあどうすればいいの?」という代替行動が分からず、混乱を招く。
- 実践したいこと:
- ×「廊下を走らない」 → ○「廊下は歩きます(忍者のように歩こう)」
- ×「大声を出さない」 → ○「アリさんの声で話します」
- ×「遅刻するな」 → ○「8時30分までに席に着きます」
- ネガティブな指摘を減らし、「できたこと」を認める機会を増やす(スモールステップでの称賛)。
③ 「強み」を活かす視点
- 学んだこと: 苦手なこと(社会性など)の裏には、優れた集中力、記憶力、緻密さなどが隠れていることがある。
- 実践したいこと:
- 「みんなと同じ」を求めすぎない。同調圧力で彼らの良さを潰さない。
- その子の得意なこと(数字、記憶、鉄道、昆虫などの知識)を見つけ、それをクラスの中で役割や自信につなげる関わりをする(例:生き物係、書記など)。



「平均的な子ども」を目指させる教育は、彼らにとっては苦しいだけかもしれません。凸凹の「凹」を埋めることに必死になるより、「凸」をどう伸ばすかにエネルギーを注げる教師になりたいです。それが結果的に、彼らの自己肯定感を守ることにつながるはずです。
4. 全体の振り返りと今後の抱負
今回の学習を通して、「障害は不便だけれど、不幸ではない」 というヘレン・ケラーの言葉にも通じる感覚が心に刺さりました。
目が悪い人が眼鏡をかけるように、ASDの人にとっての「絵カード」や「イヤーマフ」、「カームダウンエリア」は、生きていくための必須ツールであり、社会全体で保障すべき 「合理的配慮」 なのだと深く理解しました。
私たち支援者の役割は、彼らを定型発達の枠に押し込んで「矯正」することではありません。
彼らが持っている特性を正しく理解し、その人らしく輝けるための「環境」や「ツール」を整える環境調整役(コーディネーター) になることだと強く感じます。
現場に出たときは、子どもの「困った行動」の表面だけを見るのではなく、その背景にある「困っている理由(不安、感覚過敏、伝わりにくさ)」に常に目を向け、寄り添える教員でありたいと思います。
参考: 大学の講義ノート「発達障害教育総論」、文部科学省資料「通常の学級に在籍する特別な支援を必要とする児童生徒に関する調査」、DSM-5



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