【備忘録】注意欠如・多動症(ADHD)解説

これから発達障害について学ぶ学生に向けて、注意欠如・多動症(ADHD)の基礎知識、特性、支援のあり方、そして応用行動分析を用いた実践的なアプローチについてまとめる。本稿はプロジェクト内の資料、特に『子どもの発達障害と支援のしかたがわかる本』および大学講義ノート等の記述を基に整理したものである。

目次

1. ADHDとは何か:基礎知識

定義と名称

かつては「注意欠陥多動性障害」と呼ばれていたが、DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)の日本語版では「注意欠如・多動症」という名称に変更された。
ADHDは、年齢や発達の水準に不釣り合いな不注意多動性衝動性を特徴とする、脳機能の障害(発達障害)の一つである。

診断基準のポイント(DSM-5より)

単に「落ち着きがない」だけではADHDとは診断されない。以下の要件が必要となる。

  • 症状が12歳になる前から存在している。
  • 家庭と学校など、2つ以上の状況で症状が見られる。
  • 症状が少なくとも6ヵ月以上持続している。
  • 社会的、学業的、職業的な機能に支障をきたしている。

「循環論」の罠に注意する

学習を進める上で最も重要な視点がある。それは「ADHDだから多動である」という考え方は不正確だということだ。
ADHDの診断は操作的定義に基づいている。つまり、多動性や不注意といった行動特徴が一定の基準を満たす場合に「ADHD」と診断されるのであって、ADHDというウイルスのようなものが原因で多動が生じるわけではない。

  • 誤:「ADHDだから、授業中に立ち歩くんだね」
  • 正:「授業中に頻繁に立ち歩くなどの行動特徴があるから、ADHDと診断されているんだね」

この「循環論」に陥ると、「ADHDを治せば多動が治る」といった短絡的な思考になりがちだ。しかし実際には、環境調整やスキル獲得によって行動が変化すれば、診断基準を満たさなくなり、「ADHDではなくなる(寛解する)」ことも十分にあり得る。


【筆者の視点】CPUのオーバーロード

私は普段ITの現場に身を置いているが、ADHDの脳内イメージはコンピュータの動作に例えると非常に理解しやすいと感じている。
彼らの頭の中では、ひとつのアプリケーション(授業や課題)に集中したいのに、背後で無数のプロセス(興味、関心、衝動)がCPUのリソースを奪い合っている状態に近いのではないだろうか。結果として処理が遅延したり、フリーズ(思考停止)したりする。
これは本人の「やる気」や「スペック」の問題ではなく、脳内の情報処理における「交通渋滞」のようなものだ。タスクマネージャーを開いて不要なプロセスを終了させるように、環境調整で入力を整理してあげることが支援の本質だと思っている。


2. 3つの主要な特性と具体例

(1) 不注意(Attention Deficit)

必要な刺激に注意を向け続けることが難しい、あるいは無関係な刺激に気が散りやすい状態。ワーキングメモリ(作業記憶)の弱さが関係していることも多い。

  • 具体的な姿:
    • ケアレスミスが多い(テストでの読み間違い、書き間違い)。
    • 忘れ物や紛失が多い(鉛筆、消しゴム、プリントなど)。
    • 話しかけられても聞いていないように見える(心が他所にある)。
    • 課題を順序立てて行うことが苦手。
    • 片付けができない、整理整頓が苦手。
    • : 好きなこと(ゲームなど)には過剰に集中できる場合もある(過集中)。

(2) 多動性(Hyperactivity)

身体の動きを制御することが難しく、じっとしていられない状態。

  • 具体的な姿:
    • 授業中に席を離れる(離席)。
    • 手足をそわそわ動かす、貧乏ゆすり。
    • しゃべりすぎる、一方的に話し続ける。
    • 静かに遊ぶことが苦手。
    • まるで「エンジンで動かされている」ように動き回る。

(3) 衝動性(Impulsivity)

思考や判断の前に行動が起きてしまう状態。「待つ」ことの困難さ。

  • 具体的な姿:
    • 質問が終わる前に答え始めてしまう。
    • 順番を待つことができない。
    • 他人の会話やゲームに割り込む。
    • カッとなって乱暴な言葉(汚言)を吐いてしまう。
    • 後先を考えずに行動し、危険なことをしてしまう。

3. 併存症(Comorbidity)と鑑別

ADHDは単独で存在することもあるが、他の障害と併存しているケースも多い。

LD(学習障害/限局性学習症)との併存

  • ADHDの約80%はLDを併存しているとも言われる。
  • 「授業中に立ち歩く(多動)」原因が、実は「LDのために授業内容が全く理解できず、退屈や苦痛を感じているから」である場合もある。この場合、多動そのものではなく、学習支援を行うことで行動が落ち着くことがある。

ASD(自閉スペクトラム症)との併存

  • かつての基準(DSM-IV)ではADHDとASDの併記は認められていなかったが、DSM-5からは併記が可能になった。
  • 社会性の困難(ASD)と不注意・衝動性(ADHD)の両方の特性を持つ子どもも多く存在する。

4. 年齢による変化と「大人のADHD」

ADHDの特性は、脳の発達や環境の変化に伴って変わっていく。

  • 幼児期〜学齢期:
    • 多動性や衝動性が目立ちやすい。
    • 集団生活の中で叱られる機会が増え、二次障害のリスクが高まる時期。
  • 青年期〜成人期:
    • 脳の抑制系の発達により、多動性は落ち着く傾向にある(DSM-5では大人の有病率は子どもの約半数とされる)。
    • 一方で、不注意衝動性は残りやすい。
    • 大人の課題例:仕事のスケジュール管理ができない、期限を守れない、片付けられない、衝動買い、転職を繰り返すなど。

【筆者の視点】「規格外」の価値

かつて農業に携わっていた頃、野菜には厳格な「規格」が存在した。形が少しでも不揃いだと「規格外」として市場に出せないが、味や栄養価が劣るわけではない。
教育現場にも同様の見えない「規格」があり、そこからはみ出す子どもたちがADHDなどの診断を受けているように感じる。重要なのは、曲がったキュウリを無理やり真っ直ぐに矯正することではない。その特性に合わせて土壌を改良し、適切な支柱を立てる(環境調整を行う)ことだ。
私が現在働くITの現場では、細かい仕様変更や割り込みタスクが苦手なエンジニアも、チャットツールですべてを可視化・記録することで、驚くべきパフォーマンスを発揮している。「規格」に合わせるのではなく、環境を最適化する。これこそが合理的配慮だと確信している。


5. 二次障害のリスク

ADHDそのものよりも深刻な問題となり得るのが「二次障害」である。
不適切な行動に対して、「ダメじゃないか」「何度言ったら分かるんだ」と叱責され続けることで、以下のような状態に陥るリスクがある。

  • 自己肯定感の低下: 「どうせ自分はダメな人間だ」
  • 無気力: 「何をしても無駄だ」(学習性無力感)
  • 反抗挑戦性障害: 大人に対する敵意や反抗。
  • 不登校・ひきこもり

これを防ぐためには、失敗体験を積み重ねさせない「無誤学習(エラーレス・ラーニング)」の視点が重要である。

6. 支援の視点:応用行動分析(ABA)のアプローチ

精神論(やる気がない、根性がない)で片付けず、行動を科学的に分析して支援する手法として「応用行動分析」が有効である。

ABC分析

行動を以下の3つの枠組みで捉える。

  1. 先行刺激 (Antecedent): 行動のきっかけ(例:先生が「宿題をしなさい」と言う)。
  2. 行動 (Behavior): 本人の行動(例:宿題をせずゲームをする)。
  3. 後続刺激 (Consequence): 行動の結果(例:ゲームが楽しい)。

不適切な行動が続くのは、その行動の後に「良いこと(メリット)」があるか、「嫌なことがなくなる」からである。
逆に、適切な行動を増やしたいなら、その行動の後に「褒められる」「良いことがある」という経験(強化)が必要だ。

具体的な支援テクニック

  1. 環境調整(先行刺激の調整)
    • 刺激を減らす:掲示物を減らす、窓側の席を避ける、パーティションで区切る。
    • 視覚化:口頭指示だけでなく、メモや絵カードで伝える。「廊下を走らない」ではなく「廊下は歩く」と具体的・肯定的に伝える。
    • 構造化:タイムタイマーで残り時間を可視化する。
  2. スモールステップと課題分析
    • いきなり高い目標(例:45分間座り続ける)を立てない。
    • 「課題分析」を行い、目標を細分化する(例:まずは5分座れたらOK)。
  3. 分化強化(フィードバック)
    • 不適切な行動(離席など)は、危険がない限り無視する(消去)。反応することで「注目された」と誤学習させないため。
    • 適切な行動(座っている、静かにしている)が見られた瞬間に、すかさず褒める(強化)。
    • 「座りなさい」と叱るより、「座っていてえらいね」と褒める回数を増やす。
  4. スキルの獲得(SST)
    • 内言(思考)の発達: 衝動性を抑えるには、頭の中で考える力(内言)が必要。「しりとり」や「逆さ言葉遊び」などで、一呼吸置いて考える練習をする。
    • 代替行動の習得: 「待つ」時間に何をしていいか分からない子には、「手遊びをする」「本を読む」などの具体的な待ち方を教える。

7. 薬物療法の位置づけ

ADHDに対しては、コンサータ(メチルフェニデート)やストラテラ(アトモキセチン)などの薬物療法が行われることがある。
これらは脳内の神経伝達物質(ドーパミンやノルアドレナリン)の働きを調整し、症状を緩和する効果があるが、根本的に「治す」ものではない
薬で症状が落ち着いている間に、成功体験を積み重ね、生活スキルや学習習慣を身につけることが本来の目的である。

8. ポジティブな側面(リフレーミング)

ADHDの特性は、見方を変えれば強力な武器(強み)にもなる。短所を長所に言い換える「リフレーミング」の視点を持つことも大切だ。

特性困りごと(ネガティブ)強み(ポジティブ)
多動性落ち着きがない行動的、エネルギッシュ、活動的
衝動性考えなしに動く決断力がある、行動が早い、チャレンジ精神
不注意気が散りやすい好奇心旺盛、色々なことに興味を持てる
過集中切り替えができない好きなことへの爆発的な集中力、専門性

まとめ

ADHDのある子どもは、「困った子」ではなく、特性と環境のミスマッチにより 「困っている子」 である。
診断名はレッテル貼りのためではなく、その子の特性を理解し、適切な支援(合理的配慮)を届けるための共通言語である。
教師や支援者が「環境」の一部となり、適切なフィードバックと成功体験を提供することで、彼らの可能性は大きく広がっていく。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次